甲状腺ホルモンと循環器疾患の関係性はとても重要である。
甲状腺機能異常は、心不全や心房細動をはじめとする不整脈の原因・増悪因子となり得るため、心不全や不整脈では甲状腺機能を確認する意義がある。
実際、2023 ACC/AHA/ACCP/HRS心房細動ガイドラインでは、新規に診断された心房細動患者の基本評価として、甲状腺機能検査を行うことが推奨されている。 また、急性心不全では甲状腺機能亢進症・低下症のいずれも誘因・増悪因子となり得るため、甲状腺機能評価が推奨されている。
さらに、心房細動や心室性不整脈に用いられるアミオダロンは、甲状腺機能低下症と甲状腺中毒症の双方を引き起こし得る。そのため、アミオダロン使用時には投与前の甲状腺機能評価を行い、投与後も定期的にTSHを中心とした甲状腺機能を確認する必要がある。上記心房細動ガイドラインでは、開始後3〜6か月、その後は6か月ごとの評価が示されている。
甲状腺ホルモンと心機能
Circulationに甲状腺と心疾患というテーマで特集があり、この中で甲状腺ホルモンが心筋細胞レベルでどのように作用するかという説明がある。
(Anne R. Cappola, et al. Circulation. 2019;139:2892–2909. Thyroid and Cardiovascular Disease Research Agenda for Enhancing Knowledge, Prevention, and Treatment )
論文中の図3が非常にわかりやすいため、これを中心に説明していく。

甲状腺ホルモン、とくにトリヨードサイロニン(T3)は、心筋細胞に対して genomic actions と nongenomic actions の2経路で作用する。
Genomic actionsでは、甲状腺ホルモンが遺伝子に作用し、タンパクやmRNAなどの生成を調整することで生理的な作用が生じる。具体的には、T3が核内へ取り込まれ、核内の甲状腺ホルモン受容体(thyroid hormone receptor: TR)に結合し、標的遺伝子の甲状腺ホルモン応答配列を介して転写を調節する。mRNA・蛋白質の合成を伴うため、効果は通常数時間から数日単位で現れる。
一方、nongenomic actionsは、甲状腺ホルモンが直接受容体などに作用して、細胞内の状態を変化させる。具体的には、細胞膜、細胞質、筋小胞体、ミトコンドリアなどのイオンチャネル・イオンポンプ・シグナル伝達経路の活性を変化させる。こちらは秒から分単位で発現し、genomic actionsと相互に作用しながら心筋の収縮、弛緩、エネルギー代謝、血管機能を調節する。
Genomic actions (核内受容体を介した遺伝子発現調節作用)
心臓におけるgenomic actionsでは、核内に取り込まれたT3が、TR (甲状腺ホルモン受容体, thyroid hormone receptor)と結合したT3–TR複合体が心筋細胞、線維芽細胞、血管系細胞などの遺伝子発現を調節する。
心筋細胞では、収縮装置やCa²⁺ハンドリングに関わる蛋白質の発現制御が中心となる。
心筋細胞内での作用
T3は、細胞内のカルシウム濃度変化に関与し、細胞内のカルシウム濃度にメリハリを持たせることで、弛緩・収縮機能を向上させる。また、心筋の主要構成要素のミオシンをより収縮に適したものに変化させていき、ミトコンドリアでのエネルギー産生にも作用する。
具体的には、T3は筋小胞体(sarcoplasmic reticulum: SR)のSERCA2aの発現を増加させ、SERCA2aを抑制する調節蛋白であるホスホランバン(phospholamban: PLN)の発現を低下させる。SERCA2aは拡張期に細胞質内のCa²⁺をSR内へ再取り込みするCa²⁺ポンプである。したがって、SERCA2aの増加とPLNの抑制により、SRへのCa²⁺再取り込みが促進され、拡張期の細胞質Ca²⁺低下が速くなる。同時にSR内Ca²⁺貯蔵量が増加するため、次の興奮時に放出されるCa²⁺量、すなわちCa²⁺トランジェントが増大する。これにより、弛緩は速くなり、収縮期のCa²⁺動員も増強される。
さらに、T3は速い収縮特性をもつαミオシン重鎖(α-myosin heavy chain: α-MHC/MYH6)の発現を増加させ、相対的にβミオシン重鎖の発現を抑制する方向に働く。α-MHC優位の収縮装置はATPase活性が高く、より速いクロスブリッジ回転を可能にする。Ca²⁺トランジェントの増大と、ミオシンアイソフォームの変化が組み合わさることで、心筋収縮の速度・収縮性が高まり、陽性変力作用および良好な収縮予備能につながる。
ミトコンドリアに対しては、T3のgenomic actionsが酸化的リン酸化、電子伝達系、脂肪酸酸化、ミトコンドリア新生や代謝関連蛋白質の発現を調節し、心筋のATP産生能を支える。心臓の弛緩・収縮に多量のATPを必要とするため、収縮装置の活性化とCa²⁺再取り込みの増加を持続させるには、十分なミトコンドリア機能が不可欠である。すなわち、T3はCa²⁺ハンドリングと収縮蛋白の発現を変えるだけでなく、それらを駆動するエネルギー供給系も調節することで、心筋の機械的機能と代謝的機能を統合している。
心筋間質への作用
心筋線維化の抑制には、T3シグナルが心臓線維芽細胞の活性化、筋線維芽細胞への形質転換、ならびにコラーゲンを含む細胞外マトリックスの過剰産生を抑える方向に働くことが関与する。甲状腺ホルモン作用が低下した状態では、線維化、左室リモデリング、拡張障害が進みやすいと考えられている。したがって、適正なT3シグナルは、心筋細胞だけでなく間質細胞にも作用し、病的リモデリングを抑制して心筋のコンプライアンスを保つことに寄与する。
Nongenomic actions (遺伝子転写を直接介さない速やかな作用)
図が示すnongenomic actionsは、主として次の3つに整理できる。
第一に、細胞膜のイオンチャネルおよびイオン輸送体に対する作用である。 甲状腺ホルモンは、Na⁺、K⁺、Ca²⁺チャネルやNa⁺/K⁺-ATPase、Ca²⁺-ATPaseなどの機能を調節する。心筋細胞へのNa⁺流入、L型Ca²⁺チャネルを介するCa²⁺流入、Na⁺/Ca²⁺交換系などへの影響を通じて、活動電位、細胞内Ca²⁺動態、興奮収縮連関を修飾する。この機序は、遺伝子発現の変化を待たずに心筋収縮性や電気生理学的特性を変化させうる。
第二に、細胞内シグナル伝達系の活性化である。 T3は細胞膜上のインテグリンαvβ3などを介して、PI3K/Akt、MAPK/ERK、p38 MAPK、PKCなどのシグナル経路を活性化しうる。これらの経路は、イオンチャネルや代謝酵素、細胞骨格、細胞増殖・生存に関連する蛋白質のリン酸化状態を変化させる。重要なのは、nongenomic signalが単独で急性効果を示すだけでなく、その後のSERCA2aやミオシン重鎖などの遺伝子発現にも影響し、genomic actionsへ接続しうる点である。
第三に、ミトコンドリアと筋小胞体に対する急性作用である。 甲状腺ホルモンはミトコンドリア呼吸やATP産生効率を迅速に変化させ、心筋のエネルギー需要に対する短期的な適応に関与する。また、SRのCa²⁺-ATPase活性や細胞内Ca²⁺移動を直接修飾することで、Ca²⁺再取り込みと弛緩、さらには次拍の収縮に利用されるSR内Ca²⁺量に影響を及ぼす。このようにnongenomic actionsは、膜電流、細胞内シグナル、細胞小器官機能を速やかに調節し、心拍出や心筋の収縮・弛緩特性を短時間で変化させる。
甲状腺ホルモンと不整脈
甲状腺ホルモンと心房細動の関係は、臨床的にも非常に重要であることがよく知られている。甲状腺機能亢進症では心房細動のリスクが上昇し、甲状腺機能低下症でも徐脈や伝導障害、QT延長などを通じて不整脈に関わる。引き続きCirculationの以下の論文に元に纏めていく。
(Anne R. Cappola, et al. Circulation. 2019;139:2892–2909. Thyroid and Cardiovascular Disease Research Agenda for Enhancing Knowledge, Prevention, and Treatment)
甲状腺ホルモンの影響は心房細動に限らない。心室性不整脈、特にQT時間の変化にも関係する。さらに、心房細動や心室性不整脈の治療に用いられるアミオダロンは、甲状腺ホルモンであるT3と構造が類似しており、甲状腺ホルモンの代謝や細胞内作用に影響する。
つまり、アミオダロンは不整脈を抑える重要な薬剤である一方、甲状腺機能異常を引き起こし、その結果として別の不整脈リスクに関与しうる薬剤でもある。甲状腺ホルモン、不整脈、アミオダロンは、互いに深く関連した関係にある。
甲状腺ホルモンは心臓の電気をどう変えるか
甲状腺ホルモンは、心筋細胞の電気的性質を変化させる。先に述べたようにgenomic effectと、nongenomic effectの2つの機序で作用する。
心筋では、カリウム、ナトリウム、カルシウムなどのイオンの出入りに関わるチャネルや輸送体の発現が、甲状腺ホルモンの状態に応じて変化する。genomic effectである。
具体的には、甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症の実験モデルでは、複数のK+、Na+、Ca2+チャネルの構成要素をコードするmRNA量が変化し、それに対応してパッチクランプ法で測定されるイオン電流も変化することが示されている。
もう一つは、DNAから新しいタンパク質が作られるのを待たず、すでに細胞膜に存在するイオンチャネルやイオンポンプの働きに比較的速く影響する作用である。nongenomic effectである。
甲状腺ホルモンは、電位依存性K+チャネル、Na+/K+-ATPase、Na+/Ca2+交換系・輸送系などに影響し、心房筋や心室筋の興奮性、伝導、再分極に関わる。したがって、甲状腺機能の異常は、心拍数だけでなく、静止膜電位、活動電位持続時間、QT時間にも影響しうる。
HCN2と洞結節の興奮
心拍数への影響を理解するうえで重要なのが、洞結節細胞に発現するHCNチャネルである。
イバブラジンが作用するチャンネルとしても重要なチャネルである。
(注1 : イバブラジンの作用するHCNに関して)
HCN2は、過分極によって活性化されるcyclic nucleotide-gatedチャネルの一つであり、洞結節細胞の拡張期脱分極、すなわち次の拍動へ向かうゆっくりした膜電位上昇に関与する。洞結節細胞は、心筋のように深く安定した静止膜電位を保つ細胞ではない。拍動ごとに自然に脱分極を進め、閾値に達すると活動電位を発生させる。
HCNチャネルの働きが低下すると、拡張期脱分極の傾きが緩やかになり、洞結節細胞が次の興奮閾値に達するまで時間がかかる。その結果、心拍数は低下する。HCNチャネルを阻害して心拍数を下げる薬剤が、イバブラジンである。
甲状腺ホルモンが増加した状態では、HCN2の発現が増加する方向に働く。その結果、洞結節細胞の拡張期脱分極が促進され、より早く興奮閾値に到達するため、心拍数が上昇しやすくなる。逆に甲状腺機能低下症ではHCN2の発現が低下し、徐脈傾向につながる。
注1:イバブラジンはHCNチャネル阻害薬であり、洞結節で優位に発現するHCN4を介した𝐼𝑓を抑制することで、主に心拍数を低下させると説明されることが多い一方、薬理学的にはイバブラジンはHCN4だけを特異的に阻害する薬ではない。非臨床試験では、HCN1〜4の各サブタイプに対して阻害作用を示し、サブタイプ間で阻害の強さが大きく異なるわけではないとされる。
QT時間と心室性不整脈
甲状腺ホルモン異常は、心室の再分極にも影響する。再分極は主としてK+電流により規定され、心電図ではQT時間として反映される。
甲状腺機能低下症では、QT延長がみられることがある。QT時間が延長すると、早期後脱分極を介した撃発活動が起きやすくなり、心室性期外収縮が誘発されることがある。低K血症、低Mg血症、徐脈、薬剤性QT延長、心不全などが重なると、Torsades de Pointes(TdP)へ進展するリスクが高まる。
甲状腺機能亢進症とQT時間の関係は、より単純ではない。QT延長を示す報告がある一方で、QT短縮との関連を示す報告もある。交感神経緊張、心拍数、併存疾患、電解質異常、薬剤、遺伝的背景などが影響するため、甲状腺機能亢進症では「QTが必ず延長する」、あるいは「必ず短縮する」と単純には言えない。
心房細動が起こりやすくなる理由
甲状腺機能亢進症で心房細動が増える理由は、一つの機序だけでは説明できない。
甲状腺ホルモン過剰では、洞結節の自動能が高まり、心拍数が上昇しやすくなる。また、心房筋のイオンチャネル、ギャップジャンクション、電気的伝導特性が変化し、心房性期外収縮や興奮の不均一性が生じやすくなると考えられる。
さらに、甲状腺機能亢進症では循環動態も変化する。心拍出量の増加、血液量増加、静脈還流増加、頻脈、心房への負荷などが重なり、心房細動の基盤となりうる。すでに心房拡大、弁膜症、心不全、高血圧、加齢などの基質がある場合には、甲状腺ホルモン過剰が心房細動を誘発する引き金になる可能性がある。
ここでは、「甲状腺機能亢進症が高血圧を起こすため心房細動になる」と一つにまとめず、電気的な変化、頻脈、心房への容量・圧負荷、既存の心房基質が重なって心房細動が起こりやすくなると理解するほうが実態に近い。
アミオダロンと甲状腺機能
アミオダロンは、心房細動や心室性不整脈に対して有効な抗不整脈薬である。一方で、甲状腺ホルモンと関係の深い薬剤でもある。
アミオダロンはT3と構造上の類似性を持ち、甲状腺ホルモン受容体に結合してT3作用を阻害的に修飾する可能性がある。また、T4からT3への変換に関わる脱ヨード酵素を阻害し、細胞内への甲状腺ホルモン移行や細胞内でのT4からT3への変換にも影響する。
その結果、アミオダロン使用中には血液検査でfree T4が高め、T3が低めに出ることがある。しかし、血液中のホルモン値だけでは、心筋を含む末梢組織での甲状腺ホルモン作用を完全には判断できない。末梢組織ではT3作用が相対的に弱まり、機能的には甲状腺機能低下に近い状態となる可能性がある。
また、アミオダロンには大量のヨードが含まれている。このため、甲状腺疾患を背景にもつ患者では、ヨード過剰を契機に甲状腺ホルモン産生が増えることがある。これがアミオダロン誘発甲状腺中毒症1型である。
一方、アミオダロンによる甲状腺濾胞の障害、すなわち破壊性甲状腺炎によって、甲状腺内に蓄えられていたホルモンが血中へ漏れ出す病態が、アミオダロン誘発甲状腺中毒症2型である。
アミオダロンでは甲状腺機能低下症、1型甲状腺中毒症、2型甲状腺中毒症のいずれも起こりうる。さらに、1型と2型の特徴が重なる混合型もあり、診断や治療方針の決定が難しい症例がある。したがって、アミオダロンを投与する際には、開始前および投与中に甲状腺機能を定期的に評価し、TSHだけでなくfree T4、T3、臨床症状、必要に応じて甲状腺自己抗体や画像所見を総合して判断することが重要である。
症例 : 心不全患者における甲状腺機能低下への治療介入
以前、心房細動を伴った心不全増悪の入院があった。
心房細動ながら徐脈傾向で、循環不全はおそらくないが要注意ではあるバイタル。肺水腫はなく、肺うっ血も目立たず全身の浮腫と胸水が中心。いわゆる右心不全が中心の心不全増悪。
治療は、循環不全に留意しながら、利尿薬で除水、1週間程度でそれなりに安定。
入院時、甲状腺機能は、TSHが10-15程度で、freeT4は0.3程度と機能低下状態。
心不全が落ち着いた段階で、チラーヂン25μを0.5Tから開始。
チラージン導入後2週間程度の段階で、心拍数が80-100bpm程度となり、肺水腫まではいかないものの、呼吸困難を伴う肺うっ血状態で不安定化した。
チラーヂンを中止して、徐脈に誘導して、再度症状は安定した。
数値上は確かに甲状腺機能低下であった。
浮腫などはあるものの、それは心不全によるもので利尿薬で改善したこともあり利尿薬でコントロール可能な程度。
確かに甲状腺機能が低めではあるものの、別にそれによる典型的な症状はなかった。
チラーヂンを導入したものの、この患者に関しては、その必要はなかったのだろうと考える。
甲状腺ホルモンは心機能にに良い方向に働くこともあるが、頻脈および全身の酸素需要の増大を通して、心不全を増悪させうる。
甲状腺機能低下のほうが、徐脈と酸素需要の低下により、心不全を安定化させることもある。
この患者はどちらかといえば、そういう一例であった。
アンカロンは、よく甲状腺機能低下を引き起こす。
もしかしたら、アンカロンは、マルチチャネルとかそういうことではなく、甲状腺機能を適度に低下させて、それが心筋の活動性を適度に低下させたり、全身の酸素の需要を低下させることを通して、心不全に対してよい作用を及ぼしている可能性もあるのかもしれない。