第1部:心不全の基本病態生理(第1〜35回)
- 心不全とは何か
- 有効循環血流量と代償機構
- 心機能の良い心臓・悪い心臓とは
補足:心不全診療における絶望 - 心臓の発生と大きさ・駆出率の基礎
補足 : 心拍出量を決めているのは心臓ではない
補足:成人先天性心疾患の診療 - 心室拡張末期圧とは
- うっ血症状の機序
- 拡張機能障害と拡張を障害するもの
- 拡張機能からみた蓄積性疾患と拘束型心筋症
- 拡張機能と心不全症状(労作時呼吸困難の機序)
- フランク・スターリングの法則と心臓の収縮の仕組み
- 心筋細胞レベルの収縮機構(クロスブリッジサイクル)
- カルシウム濃度上昇の仕組みと興奮収縮連関
- 心臓を流れる電気(伝導系の解剖と臨床)
- 心筋細胞不全という視点(構成タンパク異常)
- 拡張型心筋症と「心臓が大きくなる」ことの意味
- 心臓の容積はどう決まるか:Afterload mismatchとは
- 心臓が大きいことと心不全症状が出ることは別問題
- 一般的な急性心不全で血圧は低下せずむしろ上昇する理由
- 肺うっ血・肺水腫の機序と起座呼吸
- 肺うっ血の慢性化:肺高血圧と拡散能低下、そして不治の病としての心不全
- 右室拡張末期圧上昇による臓器うっ血と「第2の心臓」としての骨格筋
- 左室駆出率の保たれた心不全(HFpEF)の病態生理
- 左心不全症状・右心不全症状は機能不全と必ずしも一致しない
- 胸水と肺うっ血:同じ「胸の水」でも左心不全症状と右心不全症状に分かれる理由
- 心不全の自覚症状:夜間呼吸困難・起座呼吸を中心に
- 低灌流所見は診断が難しい:検査所見と臨床的落とし穴
- 低灌流所見の原因(1):左室の収縮機能低下から心拍出量低下まで
- 低灌流所見の原因(2):右室機能不全・肺高血圧・心室間相互作用
- 心不全のStage分類(A〜D)とその臨床的意味
- 代償性心不全と非代償性心不全:心不全は「治る」のか
- 運動耐容能:心不全重症度を最もよく反映する指標
- 運動耐容能の評価(1):NYHA心機能分類とMets
- 運動耐容能の評価(2):6分間歩行距離(6MWD)の実施法と解釈
- 運動耐容能の評価(3):CPX(心肺運動負荷試験)とpeakVO2
- 僧帽弁閉鎖不全症を血行動態的に考察する
第1回 : 心不全とは何か
ポイント
- 心不全とは病名ではなく、有効循環血流量を維持できない、あるいは維持するために心臓に過剰な負荷がかかっている状態であり、それによる症状を呈する症候群である。
- 心不全の原因は大きく2つに分かれる。①心機能そのものの障害、②全身の需要増大(高拍出性の病態)である。
- ②のタイプは原疾患の治療で心不全症状が消失するため、心不全治療そのものではなく原疾患治療が優先される。
- 本稿では、②にも触れるが、基本的には①に分類される心不全に関して述べていく。
心不全の定義
心不全は単一の疾患名ではなく、特に、①に分類される心不全は、さまざまな心疾患の結果として現れる臨床症候群である。最も平易に表現すると、心不全とは「心臓に何らかの異常があること」「すべての心疾患が行き着く結果」であり、心臓の異常によって自覚症状や他覚所見(胸部レントゲンや血液検査の異常など)が生じている状態を指す。(参照:心不全診療ガイドライン 日本循環器学会2025年版)
医学的な定義はより厳密に次のように表現できる。
何らかの心機能の障害、または全身の需要の亢進により、有効循環血流量を維持できない状態、あるいは有効循環血流量を維持するために心臓に何らかの負荷がかかっている状態を心不全という。安静時にこの状態が生じている場合はもちろん、同年齢の平均的な人が行う労作によっても心臓の負荷が過剰となり、心内圧の上昇による症状が出現する状態、また有効循環血流量の不足により症状が出現する状態を、心不全(心不全症候群)と呼ぶ。
原因①:心機能そのものの障害
「何らかの心機能の障害」には実質的にすべての心疾患が含まれる。代表的なパターンを以下に整理する。
臨床的に即して、エコーやCT/MRIなどの画像所見から原因を分類してみると、
- 心臓が大きく動きが悪い:拡張型心筋症、虚血性心疾患、サルコイドーシスなど
- 局所的な菲薄化や瘤化:虚血性心疾患、サルコイドーシス、拡張相肥大型心筋症など
- 心筋が肥厚している:肥大型心筋症、蓄積性疾患など
- 弁の異常:弁膜症、感染性心膜炎、先天性疾患
- 心外膜の異常:収縮性心外膜炎(心外膜が肥厚・石灰化する・両心房が大きい)
- 右心系の拡大:不整脈原性右室心筋症、Ebstein奇形などの先天奇形、短絡性疾患、肺高血圧
- 心内膜の異常:線維性心内膜弾性症
- 心房が目立つ:左室駆出率が保たれた心不全(HFpEF)、短絡性疾患、拘束型心筋症・収縮性心外膜炎、弁膜症(僧帽弁・三尖弁疾患)など
上記はあくまで代表例であり、互いに重複することも多い。たとえば心筋全体が小さく動きの悪い蓄積性疾患も存在し、サルコイドーシスのように病態が多彩で「なんでもありえる」疾患も含まれる。
(2026年現在、ガイドラインに従えば”活動性のある”サルコイドーシスは画像診断で評価可能)
安静時の検査ではほぼ正常所見となる心不全患者も存在する。このような患者でも異常値を示すのが、最大運動時の酸素摂取量(peak VO2)である。心肺運動負荷試験(CPX)で呼気ガス分析を行いながら運動負荷をかけ、最大運動量とそのときの酸素摂取量を測定する。一定値以下であれば、慢性心不全状態を示唆する。
運動負荷は不全心と全身の代償機能による、その患者のその時点での運動耐容能、つまり生活の活動上限がどの程度かという評価にもっともすぐれた指標である。心臓の各検査結果以上に、peak VO2が14 mL/kg/min以下という値、それ自体が心臓移植の適応を検討すべき根拠となるほどに、この検査は心不全の重症度を反映する。 (本稿 第31-34回参照)
原因②:全身の需要亢進(高拍出性心不全)
心臓自体に大きな異常がなくても、全身が要求する血流量が異常に増大すると心不全を来しうる。代表的な原因は次の3つである。
- 重度の貧血
- 甲状腺機能亢進症のクリーゼ(緊急事態)
- 脚気(ビタミンB1欠乏症。現代日本では、食事をほとんど摂らない多飲酒者に発生しやすい)
これらの病態では全身の血流要求量が著明に増加するか、末梢血管抵抗が低下する。そのため心臓自体の機能が正常であっても、通常では供給しきれないほどの血液量を要求され、結果として心内圧が上昇し、有効循環血流量が需要に追いつかず破綻する。もしくは、破綻にまでならなくても、慢性的な負荷となり、その結果心機能障害が生じうる。
これも心不全と呼ばれるが、症状のわりに、原疾患の改善後、心機能の回復は速やかで、画像所見やその他の検査所見で正常といわれる程度まで改善することが多く、心筋細胞障害は心筋炎などに比べると軽微であると考えられる。
敗血症性ショック時の、サイトカインストームによる一時的な心機能低下もここに含まれるが、心筋炎との鑑別が重要となる。
(CKなどの心筋酵素の上昇の度合いやエコーによる心筋浮腫の程度などが鑑別に有用)
治療上の注意点
高拍出性心不全に対しては、心不全に対する標準治療を行っても改善しない。原疾患を治療することで初めて改善する。急性期にはバイタルサインを安定させる対症療法を行うが、これは心不全治療そのものとは言えない。
私の経験したそれぞれの代表的な症例:
- 消化管出血からの重度貧血(Hb 4台)で、入院前の一定期間頻脈状態となっていたと思われる高齢女性患者。労作時息切れはあるものの安静時症状はなかった。消化器内科の担当医が心エコーを実施するとLVEF 30%台。
貧血の治療を行い、しばらくすると心機能は正常化。 - コントロール不良の喘息と甲状腺疾患とのことで救急搬送。頻脈・喘鳴著明。レントゲンで高度肺水腫、LVEF 40%台、甲状腺機能著明亢進あり。喘息の増悪ではなく、怠薬による甲状腺機能亢進による症状と診断。内分泌内科とともに治療。甲状腺機能安定後、LVEFも正常化。
脚気心(衝心脚気)の臨床像
脚気単独では心機能はむしろ過剰に亢進を示す。しかし衝心脚気(beriberi heart failure)という病態に至ると心機能が低下し、一見典型的な広範な心筋炎や拡張型心筋症による心不全のような臨床像を呈する。飲酒過多の患者に多く、アルコール性心筋症を基礎とした心不全の急性増悪としても説明可能であるため、鑑別が紛れやすい。
臨床的ピットフォール
やせ型で飲酒のみを続けている患者(いわゆる「お酒だけ」の生活)では脚気を少しでも疑った場合、診断確定を待たずに直ちにビタミンB1を含む輸液・注射を行う。ビタミンB1欠乏による心不全はビタミンB1投与により劇的に改善するため、治療的診断としての価値も高い。投与前の血清を保存しておき、後日ビタミンB1濃度を測定する。
(心筋炎などの場合も、治療前の血清を保存しておくと原因検索の際に利用できることが多い)
私の経験した代表的な症例:
ショック状態で救急搬送。LVEF著明低下で、低心機能状態。VA-ECMOなど集学的治療実施。アルコール多飲者とのことで、ビタミンB1静注。静注後、数時間単位でエコー所見改善傾向となり、速やかにECMO離脱。入院時の血清で、後日ビタミンB1著明低値と判明。
まとめ
心不全は「心機能の異常」または「全身の需要亢進」のいずれか、あるいは両者により有効循環血流量の維持が破綻した状態を指す症候群である。次稿では、この定義の核心である「有効循環血流量」について詳述する。
第2回 : 有効循環血流量と代償機構
ポイント
- 有効循環血流量とは「動脈系を流れている血流の量」であり、血液量そのものではなく「フロー(流れ)」が本質である。
- 有効循環血流量が低下すると、体内の各センサーが働き、交感神経系・レニン-アンギオテンシン系・バゾプレシンが代償機構として働き、血液量を維持し、血流を保持しようとする。
- 顕性心不全は、この代償の過程で心内圧上昇や循環血流量の維持困難が生じ、それに伴う症状が出現している症候群であるといえる。代償機構の破綻や、血液量を保つことがうっ血・溢水の原因となる。
有効循環血流量とは
有効循環血流量とは、動脈系を流れている血液の流量を指す。体内にいくら血液が存在していても、動脈を流れていなければ意味がない。「有効循環血流量」という表現が示すように、重要なのは血液の「量」そのものではなく「フロー(流れ)」である。心拍出量の単位がmL/分という流量(フロー)で表現されることも、この点を反映している。
動脈を流れる血液が、各臓器・筋肉が要求する酸素を十分に供給できている状態が、有効循環血流量が不足のない状態である。生体はこの血流量を一定に保つために、複数のセンサーとそれに応じた調整機構を備えている。
補足:ショックと循環血流量と循環血液量
ショックとは、何らかの原因で血圧が低下し、それに伴う臓器・組織障害が生じている状態のことであり、収縮期血圧90mmHg以下が目安とされる。
絶対値としてのその時点での血圧も重要であるが、普段の血圧からどれだけ低下したかという視点も重要である(実際には発症時に平常時の血圧が判明していることは少なくわからないことが多いが)。
循環器以外のショックの多くは循環血液量の低下か、末梢血管拡張を背景に血圧が低下している病態である。(要は出血か感染性ショックの場合が多い)
循環器領域以外では血液量と血流量の違いを意識する必要はありまない。血液量が減少すれば、血流量も低下するし、末梢血管拡張なら血液量と血流量の違いを意識する必要もない。
しかし、循環器領域では、血液量が十二分にあったとしても、血流量が維持されているかどうかはわからない。血流量が足りないのに血液量だけが増えていき、状態が悪化していくこともある。
また、血圧に関しても、重症心不全患者では、常日頃から収縮期血圧が60台で、それで循環が何とか維持されており、逆にそれよりも血圧を上げると後負荷増大による症状が顕在化し、収縮期血圧を60台で維持せざるを得ないような患者も、ごく少数ではあるが存在する。
(心臓移植対象患者などの重症心不全のごく一部の患者)
代償機構①:交感神経系
大動脈弓・頸動脈・腎動脈などには、平常時に交感神経活動を抑制する圧受容器(バロレセプター)が存在する。血圧が低下するとこの抑制が解除され、交感神経系が活性化する。
交感神経刺激の作用は以下のとおりである。
- 動脈系:抵抗血管を収縮させ血圧を維持する
- 静脈系:腹腔内などに「プール」されている血液を絞り出し、静脈還流量を増加させる(心臓に戻る血液が増えれば、出ていく血液も増加し、循環血流量の維持に寄与する)
- 心臓:弛緩性や収縮力を高めて1回拍出量を増やし、心拍数を上げることで心拍出量(1回拍出量×心拍数)を増加させる
- 副腎:アドレナリン・ノルアドレナリンの分泌を促し、血管収縮・心拍数増加・心収縮性増強をもたらす
代償機構②:レニン-アンギオテンシン系とバゾプレシン
腎臓は腎血流量の低下を感知するとレニンを分泌する。レニンはアンギオテンシンIIの産生を促進し、血管収縮および腎臓でのナトリウム・水分の排泄抑制(尿量減少)をもたらし、体液量を維持する。レニン分泌は交感神経刺激によっても亢進する。(遠位尿細管を通過するクロール濃度が重要)
(心腎連関に関しては、別稿で詳述する)
また、脳下垂体から分泌されるバゾプレシンも血管収縮作用を持ち、腎臓での水の再吸収を増加させることで循環血液量を維持する。
まとめると、心臓は「血流(フロー)」を保持する役割を、腎臓は「血液量(ボリューム)」を保持する役割を担っている。交感神経系の活性化とそれに続くレニン-アンギオテンシンII系、バゾプレシンの作用によって、生体の循環血液量は維持されている。
このフローが必要であるが、その調整のためにボリュームを調整しているという違いが、心不全の増悪の一因となる。
フローが本当に足りないか、足りないとセンサーが誤認している場合、体はボリュームとして水を貯めるが、いくら貯めてもフローが足りないか、誤認している場合には、どんどんと水を貯え、うっ血・溢水してしまう。
心不全とは何か:代償機構の視点から
心不全とは、この循環血流量維持の過程において心機能に不全が生じているために、心臓に過度な負担をかけながら維持している状態、あるいは心臓がその負担に耐えられず全身の需要を満たす血液を供給できなくなっている状態を指す。
言い換えると、心機能の不全から生じる循環の不全を基盤とし、それを補うために心内圧が上昇するか、上昇しても循環不全を改善できず、それによって出現する諸症状をまとめた症候群である。
第3回 : 心機能の良い心臓・悪い心臓とは
ポイント
- 心機能の良し悪しは「心室が最大に拡張したとき(収縮直前)の心内圧がどの程度上がるか」で判断できる。
- 心臓は収縮よりも弛緩にエネルギーの大部分を使っている臓器である。
(注:拡張は弛緩の結果である) - 拡張期に圧を上げずに血液を受け入れられる心臓が「良い心臓」である。
心機能の評価軸
心不全は何らかの原因による機能低下が背景にある。では心機能の良し悪しはどのように判断すればよいか。一言で言えば、心室がもっとも拡張したとき(収縮する寸前)の心室内圧が上昇しない心臓は「良い心臓」である。
循環
全身を還流した血液は静脈や一部リンパを経て合流し、最終的に右房に戻る。右房に戻った血液は拡張期に右室へ、さらに収縮期に右室から肺へ送り出される。肺を経由した血液は左房に至り、拡張期に左室に、収縮期に左室から全身へ駆出される。このサイクルが繰り返される。
力学的にこの循環の”流れ”を起こすのは、圧較差である。右房に戻るには、全身の静脈は右房よりも高い圧を作り、体循環・上/下大静脈→右房、右房→右室、右室→肺動脈、肺循環・肺静脈→左房、左房→左室、左室→大動脈では常に圧較差が血流を作る。

心室から動脈に関しては、心室の収縮による内圧の上昇により、血液にエネルギーが与えられ、駆出される。
心房から心室への血液の流入に関しては、拡張初期(E波)には心室が弛緩し、柔らかくなることで心室内圧が低下し、充満した心房よりも圧が低下することで生じる。圧が平衡になり、血流が止まった後に、心房の収縮によって、さらに血液が心房→心室への流入が生じる(A波)。
diastolic suction(拡張期サクション)
正常な心室では、心筋細胞が弛緩するだけでなく、収縮直後に心室が反動するように拡張する。この時(=拡張超初期)には、心室内が瞬間的に陰圧となり、血液が心室に流れ込む。これは、反跳的な拡張(elastic recoil)による“吸引”、すなわち「diastolic suction(拡張期サクション)」と呼ばれる。
心室が、弛緩するだけでは陰圧にはならないが、正常な機能の心室の圧波形が、拡張初期に瞬間的に陰圧となるのは、この心室の反発的な拡張現象による。

Recommendations for the Evaluation of Left Ventricular Diastolic Function by Echocardiography: An Update from the American Society of Echocardiography and the European Association of Cardiovascular Imaging より 抜粋
心臓のエネルギー配分:主役は弛緩
心臓は収縮する臓器というイメージが強いが、エネルギー消費の過半は弛緩(拡張)に充てられているとされる。より正確には、心筋細胞内のカルシウムを収縮装置であるアクチン・ミオシンから引き離す過程に多くのエネルギーが使われている。
アクチン・ミオシンの収縮機構にはトロポニンCというタンパクが結合しており、カルシウムがトロポニンCに結合すると収縮が生じる。逆にカルシウムが引き離されると弛緩(拡張)が起こる。心筋細胞には筋小胞体というカルシウムの貯蔵庫があり、ホスホランバンというタンパクの制御下でSERCA(筋小胞体カルシウムATPase)がカルシウムを取り込む過程にエネルギーが消費される。
ドブタミンなどの強心薬は、心筋の交感神経(β1受容体のGsシグナル)の刺激を介して、CaチャネルによるCaの心筋細胞内への流入を増やして収縮性を高めるだけでなく、ホスホランバンのリン酸化を介して筋小胞体へのカルシウム取り込みを活性化することで、拡張期の細胞質内のカルシウム濃度を低下させ、また、トロポニンCからカルシウムを離れやすくする作用も持つ。すなわち強心薬は収縮力を高めるだけでなく、弛緩にも作用し、収縮期と拡張期の細胞内カルシウムの「メリハリ」をつける薬剤と理解できる。

この図は、細胞内のカルシウム濃度の低下により、トロポニンCからCaイオンが遊離することを示した図である。
これは質量作用の法則(law of mass action)に基づく平衡反応である。
- トロポニンCとCa²⁺の結合は可逆反応である: Ca²⁺ + TnC ⇌ Ca²⁺-TnC
- 結合(k on)と解離(k off)は収縮期・拡張期を問わず常に両方起こっている
- 収縮期は細胞質Ca²⁺濃度が高くなっていくため、平衡は結合側に偏っている(TnCにCa²⁺が乗っている状態が優勢)
- SERCA(および一部Na⁺/Ca²⁺交換体)がCa²⁺を能動的に汲み出すと、細胞質の遊離Ca²⁺濃度が下がる
- 濃度が下がると、TnCへの再結合(kon側)が起こりにくくなり、平衡は解離側へシフトする
→ 見かけ上「Ca²⁺がTnCから遊離していく」
SERCAが先に細胞質のCa²⁺を減らすことで、TnC-Ca²⁺結合の平衡が解離側に押し出されるというイメージである。
弛緩/拡張機能と静脈圧の関係
心臓が柔らかく弛緩すれば、それだけ圧が低下するので、静脈から心臓へ血液が戻りやすくなる。
血液は圧の高い方から低い方へ流れる液体であるため、左室の拡張期の圧が上がらなければ肺うっ血は起きず、右室が拡張期にできる限り内圧を低く保てれば、全身の静脈圧は低くて済む。
心不全症状の多くは、拡張期に心室内圧が過剰に上昇し、結果として肺および多臓器の静脈圧が上昇することによって生じる。したがって、柔らかく拡張でき、圧を上げずに血液を受け入れられる心臓であれば、心不全症状は出現しない。
仮想の話ではあるが、いくら拡張しても圧が上がらない心臓であれば、運動などによって体の酸素需要が高まったとしても、必要な心拍出量を心内圧を上げずに供給し続けることができるので、心不全症状は生じないと考えられる。

実際には、正常な心臓であっても容積の増大に伴いある程度圧は上昇し、心外膜や胸腔などの要因で増加する容積当たりの圧上昇が顕著となるポイントがあり、それにより拡張容積は限定される。さらに、病的な心臓であれば、容積当たりの圧上昇はより顕著に増加する。
拡張期に圧を上げたくなくても、上げざるを得ない要因(心筋自体の硬さ、心外膜、間質線維化など)が存在する。そのために、心不全は生じる。
心拍出量の低下も、実際には拡張容積の制限により生じていることが多い。後負荷の増大により左室収縮末期径が増大すると、本来であれば、その分拡張末期容積を拡大させて、心拍出量を維持する必要があるが、拡張末期容積の拡大が制限されていて、必要な心拍出量を維持するために拡張末期容積を増大させられない状態が生じる。この後負荷が増加した時に心拍出量が維持できない状態ををAfterload mismatchという。これを理解するには、PV loopを理解する必要があり、別項で述べることとする。
補足:心不全診療における絶望
心不全の中心にあるのは、不全心である。
不全心を心筋細胞という観点では、陳旧性心筋梗塞のような残存している心筋細胞の個々の機能自体はおおむね正常ではあるが、心臓としてみたときには不全であるという場合がある。この時にはエコーやMRIなどでまだ評価はできる。
しかし、一つ一つの心筋細胞の機能に何らかの不全があると想定されるときに、実臨床で行えるレベルで心筋細胞の機能の評価ができる検査はない。しかも、研究レベルに落とし込んでみても、分子レベルの異常があったとしても、その心筋細胞の機能がどのようにどの程度低下しているのかは不明である。
2026年時点では、個々の心筋細胞の機能に関する評価軸がなく、これ以上なら心筋細胞としての機能が正常であるいうことは言えない。今後も心筋機能がわかる時代の到来をまったく期待できない状態にある。
私は10年ほど前に、この状況に強い絶望を覚えた。
ただ、その中で、内々の会で、あるiPSグループからの発表で、心筋細胞の弾性を評価することで、心筋細胞の機能評価を試みているという発表があり、これにMRスペクトラなどを合わせるとかなり機能的な評価に近づけるのではないかと、私の絶望に少し光が差したのを覚えている。
第4回 : 心臓の発生と大きさ・駆出率の基礎
ポイント
- 心臓の発生過程の異常は先天性心疾患(心房中隔欠損、心室中隔欠損、弁形態異常など)として現れる。
- 左室は回転楕円体(ラグビーボール型)であり、これはエネルギー効率の観点から重要な形態である。
- 左室駆出率(LVEF)は通常約60%であり、正常左室拡張末期容積は70〜150mL程度である。
- 通常、心拍出量は心臓ではなく全身の需要によって規定されている。心臓が拍出量を規定するのは、重症心不全で低灌流状態に至った場合のみである。
心臓の発生と駆出率
この項では、心臓の発生を簡単にまとめ、駆出率60%の意味について触れる。
心臓の発生
今更ではあるが、心臓には4つの部屋があり、左右(左心系・右心系)、上下(心房・心室)に4分割され、右上を右心房、右下を右心室、左上を左心房、左下を左心室と呼ぶ。
発生過程では、まず心室が形成され、中隔によって左右に分割される。同時に左室の上部が心房となり、右側へ伸びるように右心房が形成される。発生が完了すると、右心房は大静脈(全身からの血液が戻る最も太い静脈)と、右心室は肺動脈と、左心房は肺静脈(肺を還流した血液が戻る血管)と、左心室は大動脈と接続し、心臓は全身循環と連結する。心房間・心室間の中隔形成、心房と心室・心室と動脈の間の逆流防止弁の形成も同時に進む。
胎児期には肺が機能していないため、心房間に交通(卵円孔)があり、肺動脈と大動脈の間にも短絡(動脈管)が存在する。これらは出生後、肺が機能し始めると通常閉鎖する。
発生過程の異常は、致死的な場合は流産・死産となるが、全身循環に必要な条件が整っていれば先天性心疾患として出生する。代表例として、心房間の交通が残存する心房中隔欠損症、心室間の交通が残存する心室中隔欠損症が挙げられる。また逆流防止弁の形態異常(正常は3尖だが2尖や4尖となる場合がある)や機能異常も比較的よく見られる。
左室の形態とエネルギー効率
左室は心臓の中でもっとも形態がシンプルで、回転楕円体(ラグビーボールを縦に半分に切った形)に近い。円柱ではなく回転楕円体であることが、拡張・収縮のエネルギー効率の点で重要である。
心臓は収縮し終えても中を空にせず、約40%の血液を残して収縮を終える。すなわち約60%の血液を動脈へ駆出する。この回転楕円体という形態と約40%の血液を残す収縮様式は、1回ごとの拡張・収縮のエネルギー効率を最適化していると考えられている。心臓のエネルギー効率がもっとも良くなるのは、安静時ではなく、軽い運動をしている状態であり、このときの心臓の消費エネルギーと血液駆出効率が理想的なバランスにあるとされる。(消費エネルギー当たりの駆出血液量が最も多い状態)
参照:日本生体医工学会 心臓力学とエナジェティクス 菅 弘之, 高木 都, 後藤 葉一, 砂川 賢二
左室容積と心拍出量の概算
左室から駆出される血液の割合(約60%)を左室駆出率(left ventricular ejection fraction: LVEF、EF)と呼び、心機能評価における中心的な指標である。
最大に血液が貯留した状態(拡張末期)の左室は、最大短軸径で約50mm(正常範囲40〜55mm程度)である。Teichholz法(回転楕円体の式を応用した推定法)を用いると、拡張末期容積は70〜150mL程度となる。LVEFを60%とすると、1回拍出量は概ね45〜90mLとなり、これに心拍数(60〜80回/分)を乗じると、心拍出量は概ね4,000〜5,000mL(4〜5L/分)となる。
補足 : 心拍出量を決めているのは心臓ではない
心臓が1分間に約5Lの血液を駆出しているのは、その量を全身が要求しているからである。心臓は全身が決定する血流必要量に対して、運動時には拍出量を増やし、安静時には減らすというように、心拍の強さと心拍数を変化させて忠実に応答している。心臓自身が拍出量を規定するのは、心不全が進行して心機能が破綻し、全身の要求に応じられなくなった場合(低心拍出状態、いわゆる低灌流状態)のみである。心不全の中でも最も重篤な病態でだけ、心臓が拍出量を規定する立場に転じる。
補足:成人先天性心疾患の診療
成人したファロー四徴症など先天性心疾患患者の心不全増悪の治療なども担当していた。
一般的な成人の心不全との違いは、肺血管抵抗を意識することであるが、他は、心拍出量と左房圧・右房圧を意識し、循環不全がないように利尿薬を調整していくということは同じである。
肺血管抵抗は、高いことが多いので、保険適応の許す範囲でということにはなるが、肺血管抵抗を下げることで、循環の維持と右房圧の低下を図ることが多い。この場合、肺血管抵抗の低下で肺循環が改善し右房圧が下がるのと同時に、左房圧が上昇するので、肺うっ血はある程度は悪化する。症候性のうっ血や肺水腫とならないように慎重に進めていくことが必要である。この辺りはレントゲン、心エコーを頻回に実施しつつ、定期的に右心カテで血行動態の確認を行いながら進めていくしかない。
第5回 : 心室拡張末期圧とは
ポイント
- 心室拡張末期圧は、うっ血の直接的な原因であり、心不全症状の主要な指標である。
- 心房の最大の役割は心拍出量への寄与(従来言われた約3割)ではなく、拡張末期圧・平均心房圧を低く保つことである。
- 拡張末期圧の上昇はうっ血(静脈圧上昇)と臓器浮腫の直接の原因となる。
心臓は能動的に拡張しない
心臓は収縮する臓器であるが、エネルギーの多くは収縮期後半から拡張期にかけて弛緩するために使われている。する時には心筋細胞内のカルシウム濃度が低下し、収縮タンパクであるアクチン・ミオシンの緊張が解除されることで拡張(弛緩、英語でrelaxation)が起こる。アクチン・ミオシンはエネルギーを使って能動的に収縮する仕組みを持つが、拡張そのものを能動的に駆動する仕組みは(現時点で判明している限り)存在しない。
では何が心臓を拡張させているのか。それは心室拡張期の圧と心房の充満圧の差および心房収縮による血液の押し込みである。
心室の拡張の機序
全身から上下大静脈に集まった血液は右房に流入し、右室に到達する。心室収縮期には三尖弁が閉鎖しているため、戻ってきた血液は一時的に心房内に蓄積される。左心径も同様であるが、心房自体も心筋であるため、弛緩して静脈からの血液を受け入れて拡張する。心房内への血液流入の駆動力は全身の静脈圧(左心は肺静脈)と弛緩した心房内圧の差である。
心室収縮期が終わりに近づくと、心室の心筋の弛緩(収縮期後半から始まる)により心室内圧が低下し始め、まず肺動脈弁および大動脈が閉鎖して収縮期が終わる。さらに弛緩が進み、心室内圧が心房内圧より下がると三尖弁および僧帽弁が開放し、拡張期となり心房から心室へ血液が流れ込む。
心房から心室への血液流入の駆動力は2つある。①心室の弛緩継続による心房・心室間の圧差、②心房自体の収縮である。心室が弛緩を続けることで心室内圧は心房圧と等しくなり、いったん血液流入が止まる(圧が等しいため三尖弁はまだ閉じない)。その後、心房が収縮してさらに血液を心室内に押し込み、心房が弛緩して心室内圧が心房圧を上回ると三尖弁が閉鎖し、拡張期は終了する。
拡張末期圧の定義と臨床的重要性
心房収縮により血液が心室内に入り切った時点、すなわち三尖弁(僧帽弁)が閉じるときの圧を拡張末期圧という。この圧が心不全症状を規定する。心室内に必要な血液量を満たしたとき、いかに圧を上げずに受け止められるかが心筋の最大の特性であり、これが破綻すると心不全症状が出現し始める。
拡張末期圧上昇とうっ血
心室拡張末期圧が上昇すると平均心房圧も上昇する。すると全身から血液が心臓に戻るためにより高い静脈圧が必要となり、結果として全身臓器の静脈圧が上昇し、臓器・組織の毛細血管静水圧が上昇する。これにより臓器に水分が滲出し、臓器浮腫が生じる。
臓器・組織の毛細血管圧が上昇することを「うっ血」、それによって組織に水分が滲出することを「浮腫」と呼ぶ。
心房機能の本質的な役割
よく心房の収縮は心拍出量全体の約3割に寄与するといわれるが、これは正確ではない。心房の最大の役割は、心房が機能することによって心室の拡張末期圧を低く抑え、心房圧を低く保つことである。心房機能が消失しても(心房細動など)、短期的には心拍出量自体は変化しない。心房機能の消失が意味するのは、拡張末期圧を低く抑える機構の破綻である。
第6回 : うっ血症状の機序
ポイント
- 心不全症状は大きく「うっ血症状」と「低灌流症状」の2つに分かれる。
- うっ血症状は心房圧上昇による静脈圧上昇とそれに伴う毛細血管静水圧上昇が原因である。
- うっ血が生じる臓器によって症状は異なる(四肢浮腫、胸水・腹水、肺水腫、肝酵素上昇、腎機能低下など)。
心不全症状の2大分類
心不全の症状は大きく2つに分かれる。1つは心房圧上昇によるうっ血症状、もう1つは心拍出量が有効循環血流量の需要に満たないことによる低灌流症状である。本稿ではうっ血症状について解説する。
うっ血が生じる機序
心機能が低下すると、心室がもっとも拡張した時点(拡張末期)の心内圧が上昇し、それに伴い心房圧も上昇する。心房圧が上昇すると、心房へ血液を流し込むために、右心系では全身静脈圧が、左心系では肺循環の静脈圧が上昇する。
毛細血管レベルでは、血液中の電解質やさまざまな物質が水分の移動とともに内皮細胞間隙やカベオラなどの輸送機構を介して間質・細胞へ到達する。この水分移動の主な駆動力が毛細血管内の静水圧である。
通常、毛細血管から組織へ移動した水分は間質のリンパ組織によって回収され、リンパ管を経て最終的に静脈に戻る。静脈圧が上昇すると毛細血管静水圧も上昇し、組織への水分移動量が増加する。リンパ機能で処理できる範囲内であれば浮腫は生じないが、それを超えると間質に水分が蓄積し、臓器浮腫が生じる。
間質にはフィブロネクチンなどの線維性タンパクが存在し、水分を吸着することで浮腫の出現を一定程度防いでいる。加齢に伴いリンパ機能が低下し、これらの吸水性タンパクも減少するため、高齢者では浮腫が起こりやすくなる。
うっ血の臓器別症状
| 四肢 | 浮腫 |
| 胸膜・腹膜 | 胸水・腹水 |
| 肺 | 肺水腫(著明な呼吸困難) |
| 肝臓 | 症状は乏しいが、ビリルビンや胆道系酵素の上昇 |
| 腎臓 | 糸球体濾過量(GFR)の低下 |
| 脳 | 毛細血管が緻密で静水圧依存性が低いため脳うっ血は通常生じないと考えられているが、過剰な圧上昇では症状(認知機能低下との関連の可能性)が生じうる。 |
脳に関しては明確な「脳うっ血」の病態は確立されていないが、重篤な心不全患者で見られる認知機能低下にうっ血が関与している可能性は否定できない。
これらのうっ血症状を引き起こす心室拡張機能低下がなぜ起こるのか、その機序について解説する。
第7回 : 拡張機能障害と拡張を障害するもの
ポイント
- 拡張機能(弛緩性)を障害する要因には、心筋細胞自体、間質組織、心内膜・心外膜、心外からの圧迫がある。
- 心外膜(心膜)は急性の心拡大には追従して伸展できず、急性増悪時に拡張末期圧を急峻に上昇させる一因となる。
- 間質の慢性炎症による線維化は、左室駆出率が保たれた心不全(HFpEF)の重要な機序の一つである。
拡張機能を障害する4つの要因
心室が体循環・肺循環からの血液を受け入れる際、拡張末期圧が過度に上昇してしまう要因はいくつかに分類できる。心筋細胞そのもの、心筋細胞以外の間質組織、心内膜、心外膜、そして心外からの直接的な圧迫である。
心外に関しては、気胸や縦郭血種などのほかに、陽圧換気も含む。
一般的に右房圧が上昇する時には、静脈還流の増加や右房容積・右室拡張末期容積の増大を伴うが、陽圧換気の時には、外からの圧迫による右房圧の上昇であり、右房容積・左室拡張末期容積は減少ないし、少なくとも増大はしない。また、胸郭以外の体の静脈圧の上昇、静脈還流量の減少を中心とした病態をとる。なお、鎮静を行っている場合には、これに動・静脈の血管拡張が合わさる病態となる。
心筋細胞自体の弛緩機能の障害
心室拡張の障害には、心室壁の肥厚や線維化といった構造的要因だけでなく、心筋細胞そのものの弛緩障害も含まれる。心筋の弛緩は、収縮期に上昇した細胞内Ca濃度が再び低下し、トロポニンCからCaが解離することで進行するが、このCaの再取り込みや解離過程が遅れると、拡張が不十分となる。
また、トロポニンCのCa結合親和性が過度に高い状態では、同じ細胞内Ca濃度でも収縮系のON/OFF切り替えが遅れ、弛緩が遷延する。これは収縮力を高めうる一方で、拡張期のCa離脱を妨げるため、拡張障害や拡張末期圧上昇の一因となる 。
心外からの圧迫:緊張性気胸を例に
心外からの圧迫の代表例が緊張性気胸や縦郭血種である。気胸は、臓側胸膜に穴が開き胸腔と肺実質が交通すると、本来陰圧である胸腔内に空気が急速に流入する。肺が虚脱し胸腔内圧が上昇すると、この圧が全心周期にわたって心臓を圧迫する。収縮期の心室内は高圧であるため影響は少ないが、心房や拡張期の心室内は低圧であるため、影響が大きい。心房圧が外からの圧迫で上昇すると、心房に血液を流入させるには、全身の静脈圧がこの圧迫を超えられないければならないが、それができなければ、静脈還流量が低下し、その結果として、心拍出量が減少してショックに至る。
心外膜(心膜)の役割と影響
心膜を欠く先天性心外膜欠損症という稀な疾患がある。健康診断で偶然発見される無症候例も、突然死の原因となる例(部分欠損で心臓が欠損部にはまり込み絞扼される)も報告されており、心膜が心機能にどの程度必要かは一概には言えない。
心外膜は2層構造を取り、薄い臓側心外膜(epicardium)が心臓に密着し、心腔という空間を介してもう1層の壁側心外膜(pericardium)がある。心膜を構成するのは中皮細胞で、心腔内には生理的に少量の水分のみが存在する。同様の構造は胸膜にも見られ、リンパによる回収量を超える滲出が生じると病的な胸水となる。
急性増悪時の心膜の影響
心膜は慢性的にはかなり伸展できるが、急性に心臓が大きくなる場面(慢性心不全の急性増悪)では追従できない。心筋自体が弛緩し、線維化がなくても、心外膜が心室が拡張する際の抵抗となる。
特徴は、
①拡張初期はあまり圧が上がらないが、心外膜の影響が出始める時点で急峻に心内圧が上昇すること
②通常、右の拡張末期圧(≒心房圧、0〜4mmHg程度)は左(5〜10mmHg程度)の半分以下だが、心膜の影響が強まると左右共に上昇し、左の上昇のわりに右の上昇が顕著(例:左20、右15mmHgなど)で、心膜の影響のない心不全増悪(例:左 30、右 15)よりも左右差に乏しいことである。
心タンポナーデと収縮性心膜炎
心タンポナーデは代表的な治療可能な拡張障害である。心膜腔に液体が急速に貯留すると心膜腔内圧が上昇し、心室の拡張が制限される。緩徐に貯留する場合と、心破裂などで急速に貯留する場合では、症状が出現する液量が大きく異なる 。
タンポナーデでは、吸気により静脈還流が増加する一方、心膜腔内圧上昇のため右室が十分に拡張できず、心室中隔が左方へ偏位して左室充満が制限される。その結果、吸気時に収縮期血圧が過度に低下する奇脈を呈する 。
収縮性心膜炎との決定的な違いは、タンポナーデが心膜液による外圧上昇の病態であるのに対し、収縮性心膜炎は肥厚・線維化した心膜による固定的な拡張制限である点にある。前者では急性の圧迫が、後者では慢性的で硬い外枠が問題となる
収縮性心膜炎では、硬い膜に当たったとき拡張制限が顕著となるため、いわゆるdip and plateau所見がみられる。
なお、収縮性心膜炎の急性期治療は利尿薬が中心であり、右心系の負荷をとる静脈系の拡張薬も有効なことはある。ただし、収縮性心膜炎では、エコー上左室が良く動いていても、循環不全が生じていることがあり、循環不全の評価は非常に重要である。循環不全がある、ないし疑われる場合には、左室がより小さく動ければ、心膜による影響を受けにくくなるため、エコーで収縮性に問題がなさそうな場合でも、ドブタミンなどの強心薬を併用することが有効な場合もある。
間質の線維化と慢性炎症
心臓の半分以上は心筋細胞以外の間質で構成される。脳のアストロサイトのように、心臓の間質も心機能制御に重要な役割を持つと考えられ、「心臓ストローマ」として研究が進んでいる。
臓器不全に伴う間質線維化は、肝臓・腎臓など多臓器で共通して見られる現象であり、その背景には慢性炎症がある。慢性炎症とは、本来は急性のストレスや異物・自己細胞の異常に対して一時的に活性化し収束するはずの炎症システムが、ごく弱い活性化レベルで持続している状態を指す。
心臓の間質には、慢性炎症の刺激により線維化を引き起こす線維芽細胞や、免疫システムのキープレーヤーであるマクロファージが存在する。マクロファージは心筋細胞とコネキシンというギャップ結合でつながっており、心筋細胞に直接的な影響を及ぼす可能性がある。
心不全患者では発癌のリスクが高いことが知られており、その機序として慢性炎症の関与が指摘されている。
線維化の二面性:創傷治癒と慢性化のジレンマ
線維化は創傷治癒機構として有用である。線維化を起こせないマウスに心筋梗塞を発症させると死亡率が著明に上昇することが知られており、梗塞部位を補修できないことが原因である。しかし、線維化が慢性炎症として持続すると、半年〜1年という時間経過の中でむしろ心機能を低下させる。慢性炎症が間質の線維化、心筋細胞の拡張性・収縮性障害、さらに不要な心筋細胞死を誤ったシグナルで引き起こすことが原因とされる。
心筋梗塞後にβ遮断薬を投与する根拠の一つは、こうした交感神経刺激を介した慢性炎症シグナルを軽減することにある(不整脈抑制効果も期待される)。慢性炎症によって心筋間質に線維成分が増加し、線維が三次元的に絡み合うと、心筋細胞自体が弛緩しても周囲の間質が伸展を妨げるようになる。
この間質線維化は、左室駆出率が保たれた心不全(HFpEF)患者における重要な拡張障害の機序の一つとされている。
第8回 : 拡張障害からみた蓄積性疾患と拘束型心筋症
ポイント
- 蓄積性疾患(アミロイドーシスなど)は異常タンパクの心筋間質への沈着により拡張機能を障害する2次性拘束型心筋症である。
- 特発性拘束型心筋症は稀少疾患で、対症療法以外に根本治療がなく心臓移植が選択肢となる。
蓄積性疾患による拡張障害
間質の線維化以外にも、異常タンパクが心筋間質に沈着することで拡張機能が低下する蓄積性疾患が存在する。代表的な疾患はアミロイドーシスである(厚生労働省指定難病に含まれる)。
心アミロイドーシス
アミロイドーシスは、アミロイドというタンパクが心筋間質に沈着することで弛緩能(拡張機能)が低下する。心筋細胞自体は正常でも、間質への異常タンパク沈着によって心臓全体が柔らかく拡張できなくなる。病期が進行すると心筋細胞への直接障害も進み、収縮性も障害される。最終的には、心臓が小さくて動きが悪い。心筋が収縮する時に粘性を感じるようなネチャとした何とも言えない動きがみられ、心不全の中でも治療が最も困難なパターンに至る。
甲状腺ホルモンやビタミンAの輸送に関与するトランスサイレチンという四量体のたんぱくが、不安定化し、機能異常をきたすと、トランスサイレチンというたんぱくそのものが適切に処理されなくなり、アミロイドとして蓄積し、アミロイドーシスを起こす。これをトランスサイレチン型アミロイドーシス(ATTRアミロイドーシス)といい、2026年現在トランスサイレチン安定化薬などができてきており、最もホットな領域の一つとなっている。
多発性骨髄腫(血液悪性疾患)では、異常な抗体由来タンパクの増加に伴いアミロイドが過剰産生・蓄積し、心アミロイドーシスを来す。腎臓にも沈着し腎不全を併発することが多い。多発性骨髄腫では、原疾患そのものよりも多臓器病変、特に心病変の重篤度が予後を左右する。
循環器には、心不全をきっかけに、診断されることが多い。私も数例経験し、血液内科とともに診療にあたったが、原疾患の治療が必要であるが、化学療法などに耐えることも困難で、救命できなかった。
拘束型心筋症
心臓の拡張機能が高度に障害される心筋症として拘束型心筋症がある。アミロイドーシスなどは2次性拘束型心筋症に分類されるが、原因不明で先天的に拡張機能が低下している特発性拘束型心筋症という病態も存在する。
特発性拘束型心筋症は頻度がきわめて稀で、厚生労働省指定難病である。利尿薬などの対症療法以外に根本的な治療法はなく、心臓移植が治療選択肢となる。小児科領域では比較的経験されるが、成人循環器領域で遭遇する機会は少ない。
心内膜線維弾性症(endocardial fibroelastosis:EFE)
心内膜線維弾性症(endocardial fibroelastosis:EFE)は、心室の心内膜がびまん性に肥厚し、線維性および弾性線維が過剰に沈着することで、拡張障害と心不全をきたす稀な疾患で、非常にまれである。
病理学的には、心内膜およびその直下の層に、コラーゲンと弾性線維を主体とする無細胞性の線維性組織が厚く沈着する。
近年の研究により、以下のような病態が示唆されている。
- 心内膜の内皮細胞が、内皮‐間葉転換(endothelial‑to‑mesenchymal transition:EndMT)を起こし、線維芽細胞様細胞へ変化
- その結果、心内膜下に新生の線維性組織層が形成され、心筋を「殻」のように被覆して拡張を制限
- TGF‑β/BMPシグナルのアンバランス、とくにBMP‑7の発現低下がEndMT亢進の原因として指摘されており、動物モデルではBMP‑7投与によりEFE形成が抑制されることが示されている。
私も、20歳くらいの若年女性の患者の定期検査目的の入院を担当したことがある。
左室の拡張末期圧が非常に高い(25-30mmHg)のに、6分間歩行で500m以上と運動耐容のが異常に高かったことを覚えている。
先天性疾患のため、肺の透過性を含め、高い静脈系の圧に全身が適応していたのだと思う。運動耐容能が高いため心臓移植の適応になる段階ではなかったが、今思えば、DLCOやCPXなどもっと全身の検査をしておけばよかったとは思う。
肥大型心筋症との関連
肥大型心筋症は部分的に心筋が肥厚する疾患である。肥厚が部分的で、全体としての弛緩が十分であれば問題とならないが、弛緩障害が全体に高度に及ぶ場合は拘束型心筋症と同様に心臓移植以外の治療が困難となる。また肥大型心筋症の中には、肥厚部が徐々に菲薄化し全体的な収縮能も悪化する「拡張相肥大型心筋症」と呼ばれる病態がある。
菲薄化すると収縮性も低下し、もともと拡張性が低下していたところに収縮性が低下するため、エコーなどでみる以上に病態としては重篤で、βブロッカーなど通常の拡張型心筋症に有効な治療に反応が悪く、対応が困難となることも多い。
第9回 : 拡張機能と心不全症状(労作時呼吸困難の機序)
ポイント
- 低灌流状態に至らない限り、心不全症状に直接関与するのは主に拡張(弛緩)機能である。
- 運動時、左室容積が増大したときに心内圧がどれだけ上昇するかが弛緩性の指標となる。
- 弛緩性の悪い心臓では、運動による容積増大時に心内圧が急峻に上昇し、肺うっ血・労作時呼吸困難をきたす。
拡張機能が心不全症状の主役である理由
軽症から中等症程度の多くの心不全において、収縮機能よりも拡張機能の方が症状形成において直接的である。心機能障害が進行し、低灌流状態に至らない限り、症状に直接的に関与するのは拡張(弛緩)機能である。
もちろん、収縮機能と拡張機能はお互いに作用・補完しあう。
例えば、収縮機能が低下すると、収縮末期容積が拡大し、それに応じて拡張末期容積が拡大する。容積が増加すれば、拡張期圧は程度の差こそあれ上昇する。同程度の拡張機能を有していても、収縮機能が低下すれば、収縮末期容積の増大に伴い、拡張末期容積も増加するため、収縮機能も拡張末期容積に強い影響をもつ。
ただ、移植が必要と思えるほどに収縮機能低下と心拡大を起こしている患者においても、運動耐容能が正常健康者と同程度に保たれている患者を経験する。これは、拡張機能が良く、左室の拡大によっても拡張末期圧が低く抑えられているために、肺うっ血などが生じにくく、症状が軽減されていると考えられる。
このように、拡張機能が保たれていれば、症状は生じにくくなるといえる。
(上記のような先天性心疾患では、拡張機能が低下していて肺動脈楔入圧が高いが、運動耐容能が高い場合はある。理由:全身の代償機構が先天性の場合高度に発達しうるため)
補足 : 本稿の拡張機能の定義
拡張期に増加する心室の容積に対して、拡張期圧の上昇がどれだけ低く抑えられているかと定義。同じ拡張期容積200mlの時でも、拡張末期圧が10mmHgの心臓のほうが、20mmHgの心臓より拡張機能が良いと定義する

補足: 頻脈が後負荷増大となる理論的背景
(興味のある人以外飛ばし読み推奨)
PVループの理解が必要なので、あくまで補足として
まず定義から
Ea, effective arterial elastance: 圧-容量関係における左室有効後負荷の指標
- (PVループより)
は収縮期末圧、SV は一回拍出量
一回拍出量は、心拍出量(CO)÷心拍数(HR)
なので、これを代入すると:
さらに循環モデルではしばしば
(TPR:総末梢抵抗)
とおき、整理すると
つまり、HRが上昇すると、Eaは増大する。
労作時呼吸困難が出現する機序
安静時には症状はないが、労作・運動時には酸素需要が運動強度に応じて増大し、初めて症状が出現する患者がいる。労作時呼吸困難の状態である。
運動により酸素需要が増加すると、心臓はそれを満たすために血流量を増やす。具体的には、心臓は心拍数を増やし、心臓は収縮力を高めることで、回数及び1回拍出量を増加させることで、時間当たりの心拍出量を増加させる。
また、運動を開始すると、抵抗血管が拡張する。抵抗血管拡張による後負荷の低下と心収縮力の増大により収縮末期容積は縮小する。
心拍数増加は後負荷増大となるので、これによる後負荷増大と、収縮性の増強・抵抗血管の拡張による後負荷軽減が同時に生じる。
つまり、CPXで行うような動的有酸素運動では、運動開始とともに骨格筋血管の拡張により全身血管抵抗が低下し、左室後負荷は安静時よりむしろ減少する。運動強度の増大に伴って心拍出量と収縮期血圧は上昇するが、全身血管抵抗は低値に保たれ、後負荷は必ずしも増大しない。
弛緩性の指標と心不全症状発現のしきい値
労作や運動による拡張末期径の増大に対して、弛緩性の良い心臓では容積が増大しても心内圧はさほど上昇しないが、弛緩性の悪い心臓では容積増大に伴う心内圧上昇が急峻になる。つまり、心臓の容積が同一であるときに心内圧がどの程度であるかは、弛緩性の指標となる。
さらに、何らかの操作(運動、急速輸液、血管収縮薬投与など)によって心臓の容積を意図的に拡張させたときに、どれだけ圧を上げずに容積を増やせるかが、心不全症状の出現しやすさを左右する。
労作時呼吸困難の発現プロセス
労作・運動 → 左室拡張容積増大 → 左室拡張末期圧の上昇 → 左房圧上昇 → 肺静脈圧上昇 → 肺循環・毛細血管圧上昇 → 肺うっ血・肺水腫 → 自覚症状(呼吸困難)
肺静脈にうっ血だけでは、肺胞・毛細血管の酸素交換は障害されにくく、血中酸素濃度は低下しない。しかし、肺間質に毛細血管から水分が染み出した肺水腫の状態では、肺胞と毛細血管との酸素交換が高度に障害され、低酸素血症を生じ、それに伴い安静時にも呼吸困難を生じる。
心不全患者におけるDLCO低下の機序
肺うっ血や肺水腫は、炎症性サイトカインを誘発することで、肺の間質の繊維化を惹起すると報告されており、肺水腫を繰り返しているような重症心不全では、呼吸機能検査で、間質の繊維化や肥厚を示唆するDLCO (肺胞毛細血管の間でのガス拡散能力の指標)が低下すると報告されている。
DLCO: diffusing capacity of the lung for carbon monoxide
(Puri S, Baker L, Dutka DP, Oakley CM, Hughes JMB, Cleland JGF.
Reduced Alveolar–Capillary Membrane Diffusing Capacity in Chronic Heart Failure. Circulation. 1995;91(11):2769–2774.)
第10回 : 心臓の収縮性:フランク・スターリングの法則
ポイント
- 心筋はバネ様の性質を持ち、棒状に単離した心筋では伸展されれば収縮力が増す。
- 静脈還流と循環血流は定常状態では常に一致しており、心臓は「戻ってきた分だけ拍出する」ポンプとして働く。フランク・スターリングの法則により、静脈還流の増加で前負荷(心室拡張末期容積)が増えると心筋がより伸展され、その結果として収縮力と1回拍出量が増加し、循環血流量も増える、という仕組みで全身の血行動態が自己調整される。
- フランク・スターリングの実験で、心房圧がある圧を超えると心拍出量が低下する「下降脚」が知られるが、正常心機能で生理的な範囲では生じないと考えられるが、不全心では生じることがある。
- 心不全患者で見られる下降脚には、大きく2つの場合があると考えられる。
① 心拡大に従い、細胞レベルの円周方向へ心筋細胞が伸ばされた結果として、心筋としての中心方向への収縮効率が低下すること
② 心膜による拡張制限が4腔に影響を及ぼす心室間の相互干渉(left-right interaction)
で説明される。
心筋のバネ様特性
心臓は組織としてバネの性質を持つ。心筋を取り出して棒状にしたときに、引っ張って放すと自然長より短く縮んで元に戻る(カエルの心臓を用いた古典的実験で確認されている)。長く引っ張れば引っ張るほど強く収縮し、過度に引っ張ると、断裂する。
心臓には能動的な収縮機能があるが、拡張期に引っ張られれば引っ張られるほど収縮性が増す、すなわち拡張期容積が大きくなるほど収縮力が増すという性質を持つ。
フランク・スターリングの法則
循環器領域で最も有名な実験の一つに、Patterson と Starling による犬の心臓を用いた実験がある(S. W. Patterson and E. H. Starling. J Physiol. 1914 Sep 8;48(5):357-379. “On the mechanical factors which determine the output of the ventricles”)。
安定状態では、静脈還流量と心拍出量は原則1:1で増加していくこと。さらに、心房に血液を流し込み心房圧を上げていくと、圧上昇に伴って心拍出量が増加することが示された。
(右房圧が上がる過程では、右室の拡張末期容積の増大が起こるため、平衡に達するまでは、静脈還流と心拍出量の1:1の関係は一時的に崩れる)
平均心房圧は心室拡張末期圧とほぼ等しいため、心房圧の上昇は拡張末期圧の上昇を示唆し、さらに拡張末期圧の上昇は左室拡張末期容積の増大を意味する。つまり、心房圧が上昇するということは、同時に左室拡張末期圧が増加するということになる。
この実験は「拡張末期容積が増えるほど心拍出量が増える」という原理(フランク・スターリングの法則)を示しているといえる。

フランク・スターリングの3つのフェーズ

S. W. Patterson and E. H. Starling. J Physiol. 1914 Sep 8; 48(5): 357–379. のfig2を改変
第一フェーズは、静脈還流が少ない状態。このフェーズでは、静脈還流が増えても、右房圧をあまり上げずに、心拍出量が増加する。実臨床では、脱水の時の補液のイメージである。
第二フェーズは、右房圧を上昇させながら心拍出量が増えていくフェーズ。
右房圧の増減は、右室拡張末期圧の増減を反映する。第一フェーズでは、右房圧をあまり上げずに心拍出量が増える、つまり、右室を拡張させることには投与された静脈還流はあまり使われず、心拍出量の増加に多くが使われることを示唆する。一方で、第二フェースは、心拍出量を上げるのに、右房圧がより上がる。これは、静脈還流の多くが右室の拡張末期容積を増やすことに使われ、その分増加する心拍出量は相対的に減少することを示唆する。
定常状態に達した後は、静脈還流=心拍出量の関係となる。
第三フェーズは「フランク・スターリングの下降脚」と呼ばれる。
この第三フェーズは、通常の生理的な状況ではみられないと考えれている。逆に言えば、病的状態ではみられうるということになる。
心不全患者で見られる下降脚の機序
心不全患者の不全心において下降脚は存在するとされる。
左室の拡大による容積変化と心筋細胞の収縮性の低下との関係で、ある程度以上に心拡大が進行すると1回心拍出量低下が生じると考えられる。
下の図は、私が考える下降脚の思考モデルである。1回



心膜による干渉現象による下降脚
:hemodynamic tamponadeという病態概念
一定容積としての心膜コンパートメント
心膜は、急性の容量変化に対してコンプライアンスが乏しく、「ほぼ一定容積の箱」として振る舞う。
心臓が拡張期に大きくなろうとすると、心膜の伸展限界を超えたあたりから、少しの容積増加で拡張期圧が急峻に上昇するようになる。
このとき、拡張期には心房・心室の圧が互いに接近し、ほぼ等しくなる形で拘束がかかる。
(これが慢性定期に生じているのが、心タンポナーデである)
結果として、同じ拡張期容積に対して拡張末期圧が不釣り合いに高くなる、すなわち拡張期圧–容積関係が上方偏位した状態が生じる。

右室拡大と左右心室相互干渉
心膜という一定容積のコンパートメントの中で、本来容積の小さい右心系が急速に拡大すると、その分だけ左心系が占めるスペースが相対的に減少する。
拡張期を中心に右室容積が増えると、中隔は左室側へ押し出される形で偏位し、左室拡張末期容積が減少し、左室圧のわりに容積が少ないという状態になる。
(エコーでの心室中隔の扁平化所見などがみらえる)
この結果、本来の左右の容積バランスが崩れ、右心系の拡大・圧上昇、左室の圧上昇にもかかわらず容積は減少し、左室からの一回拍出量は低下する。
左室内だけをみれば、「拡張期容積の増加に伴う拡張期圧の急上昇」と「中隔偏位と心膜拘束による拡張制限」によって拡張末期容積が減少し、一回拍出量が減る、という現象になる。
このような心膜拘束下では、前負荷をさらに増やすとむしろ心拍出量が低下し得る「フランク・スターリング曲線の下降脚様の領域」が存在すると考えらる。
心不全の増悪時にみられる急性の右心負荷で、このモデルのような状態はみられることがある。
hemodynamic tamponade
急性心タンポナーデでは、心嚢液の急速な増加によって心嚢内圧が上昇し、右房圧・右室拡張末期圧・肺動脈楔入圧などが心嚢圧とほぼ等しくなる。
このとき、心内圧と心外圧(心嚢圧)が近づくため、静脈還流から心房への圧勾配が失われ、拡張充満が著しく障害されることで心拍出量が低下する。
hemodynamic tamponade は、このような心嚢圧と心腔内圧の equalization による拡張障害と心拍出量低下を強調した病態生理的概念である。
ただし、本質的にはhemodynamic pericarditis という表現のほうが良いと個人的には考えている。
なお、Patterson & Starling の原実験では心膜は除去されていないと考えらるが、急性心嚢液貯留モデルではなく、心嚢圧や容積を系統的に記録しているわけでもない。
そのため、ここで述べた hemodynamic pericarditis / tamponade と同一の現象が混在していたかどうかは不明であり、あくまで概念的な連想にとどまる点には注意が必要ではある。
第11回 : 心筋細胞レベルの収縮機構(クロスブリッジサイクル)
ポイント
- 心筋の収縮は、Z膜間にあるアクチン・ミオシンが滑り込み、Z膜間距離(サルコメア長)が短縮することで生じる。
- トロポニンCへのカルシウム結合がクロスブリッジ形成の引き金であり、カルシウム解離により拡張(弛緩)が起こる。
- トロポニンI・トロポニンTは心筋特異的であるため心筋損傷マーカーとして測定され、トロポニンCは骨格筋にも共通するため測定対象としない。
サルコメアの構造
心筋細胞内には筋線維の束があり、これが収縮することで細胞全体が収縮する。筋線維には一定間隔でZ膜という隔壁があり、Z膜とZ膜の間にアクチン・ミオシンという収縮関連タンパクが存在する。Z膜を板状の隔壁、その間にあるアクチン・ミオシンをゴムのような連結装置とイメージすると理解しやすい。アクチン・ミオシンの働きによってZ膜間の距離(サルコメア長)が短縮することが、心筋細胞レベルでの収縮である。

構造の補足
ミオシンは、ミオというだけあって筋肉そのものといえる太いフィラメント、アクチンは細いフィラメントである。アクチンは介在板(Z膜)に直接結合しているが、ミオシンはタイチンというタンパクの糸を介してZ膜とつながっており、直接結合してはいない。ミオシンからは多数の突起(ミオシンヘッド)が伸び、エネルギー(ATP)を使ってアクチンを引き寄せる。
クロスブリッジサイクル
収縮のきっかけは、アクチンに結合しているトロポニンCというタンパクへのカルシウムの結合である。ナトリウム流入に引き続いて起こる細胞内へのカルシウム流入・筋小胞体からのカルシウム放出により、細胞内カルシウム濃度が上昇するとトロポニンCにカルシウムが結合し、ミオシンヘッドがATPを消費してアクチンを引き寄せ、Z膜間距離が短縮する(収縮)。細胞内カルシウム濃度が低下するとトロポニンCからカルシウムが解離し、ミオシンヘッドの牽引が解除されてZ膜間距離が広がる(拡張)。この一連の過程をクロスブリッジサイクルという。
臨床への接続:トロポニンI/T
心筋梗塞の診断で測定するトロポニンT・トロポニンIは、トロポニンCと同様にアクチンに結合するタンパクだが、心臓に特異的なアイソフォームを持つため、上昇は心筋損傷の指標として用いられる。トロポニンCは骨格筋とも共通の構造であるため、上昇しても心筋由来か骨格筋由来か判別できず、診断には用いられない。
電気的活動とカルシウムの連関
カルシウム濃度の上昇・低下は電気刺激によって引き起こされる。心臓の収縮の起点は右房・上大静脈近傍にある洞結節であり、洞結節からの刺激は電気伝導専用の心筋線維を介して心房、房室結節を経て心室へ伝わる。
心室では電気伝導路の主要な終点が心尖部にあるため、心尖部から基部に向かって伝導が伝わり順次収縮が起こる。この電気刺激は固有心筋細胞のナトリウムチャネルの開口によって伝わり、各心筋のL型Caチャネルと筋小胞体からカルシウムが一気に放出され、細胞内カルシウム濃度が上昇することで、アクチン・ミオシンのクロスブリッジ現象を刺激して収縮が起こる。
収縮後のカルシウム回収もまた筋小胞体が担う。ホスホランバンのリン酸化によりSERCA2a(筋小胞体カルシウムATPase)が活性化し、カルシウムを筋小胞体内に回収することで細胞内カルシウム濃度が低下し、心筋弛緩が進む。カルシウム濃度の上昇から低下までの時間は基本的に一定であり、心拍数の変化にかかわらずほぼ同じ時間経過をたどる。この時間がほぼ一定のため、心周期の中での収縮時間がほぼ一定であるということにつながる。
参考:血管平滑筋との違い
血管抵抗を規定する平滑筋では、ミオシン軽鎖のリン酸化・脱リン酸化により段階的に緊張度を調整しており、心筋のような明確な収縮・拡張のサイクルではなく、必要な血管抵抗値を維持するための緊張度コントロールが主体である。
補足:心臓のイオンチャネルについて
大まかには、心臓の収縮の直接のトリガーとして最も重要なのはカルシウム動態である。
一方、不整脈の発生にはカルシウムに加え、活動電位の立ち上がりと再分極を司るナトリウムチャネルと複数のカリウムチャネルが重要であり、特に固有心筋(作業心筋)を起源とする頻脈性不整脈では、これら Na・K チャネルを阻害することが中心的な役割を担う。
I 群ナトリウムチャネル遮断薬が心機能低下例で予後悪化をもたらしたことを背景に、純粋な Na 遮断薬は心不全患者では慎重な適応が求められる。これに対して、IKr(rapid delayed rectifier K 電流)を選択的に遮断するニフェカラントのような III 群薬は、心筋収縮力への直接の陰性変力作用が小さいため、重症心不全患者でも心室頻拍・心室細動に対する治療選択肢となり得る。もちろん、 QT 延長と torsades de pointes のリスクはあり、CCUなどでの厳重なモニタリングは必要である。
カリウムチャネルにはいくつかのサブタイプがあり、同じカリウムチャネル阻害といっても標的が異なる。ニフェカラントは主として IKr を遮断する薬剤であり、アミオダロンは IKr/IKs など複数の K チャネルに加えて Na・Ca チャネルや β受容体にも作用する多機能薬である。ATP 感受性 K チャネルは、心房筋で自動能や活動電位調節に関与することがよく知られており、心室筋における存在・機能についても報告はあるものの、心房由来の不整脈に対する治療薬のターゲットとして期待されている。
また、一部の心室性不整脈に有効な可能性があるとされるマグネシウム(異論などもあり)は、遅延整流 K チャネルを含む K チャネルや L 型 Ca チャネルの機能調節、Na/K ATPase の活性化など複数の経路を通じて活動電位を安定化させると考えられており、単一のチャネル遮断薬ではないが、その多彩な作用は電気生理学的に非常に興味深い。
第12回 : カルシウム濃度上昇の仕組みと興奮収縮連関
ポイント
- 心筋収縮は、Naチャネルによる脱分極→L型Caチャネル開口→筋小胞体からのCa放出という興奮収縮連関で起こる。
- 細胞外Ca流入はトリガーであり、実際の収縮を支える主なCa供給源は筋小胞体からのCa放出である。
- 筋小胞体からのカルシウム放出を担うRyR2と、カルシウム回収を担うSERCA2a・ホスホランバンの機能異常は、心不全における拡張・収縮障害の重要な分子機序となる。
興奮収縮連関のステップ
心筋細胞の収縮・拡張には細胞内カルシウム濃度の変化が中心的な役割を果たす。分子レベルでは、アクチンに結合するトロポニンCにカルシウムが結合すると収縮し、解離すると弛緩する。
カルシウムの大部分は筋小胞体という細胞内小器官に貯蔵されており、刺激により放出され、時間経過とともに回収されるというサイクルを繰り返すことで、心筋細胞は収縮と弛緩を繰り返す。
筋小胞体からのカルシウム放出の引き金となるのは、細胞外から細胞内へのカルシウムの流入による細胞内カルシウム濃度のわずかな上昇である。この流入のきっかけは隣接する心筋細胞からの電気的刺激であり、ナトリウムイオンの移動によって伝達される。
刺激を受けるとナトリウムチャネルが開口し、細胞内が細胞外に比べて著しく低い電位(約-90mV)にあるため、ナトリウムが一気に細胞内へ流入する。これに伴いカルシウムチャネルも開口し、カルシウムも流入する。このカルシウム流入が刺激となり、筋小胞体から大量のカルシウムが放出され、アクチン・ミオシンの収縮が起こる。
薬理学的接続
交感神経刺激はL型カルシウムチャネルをリン酸化により開口しやすくし、細胞内へのカルシウム流入を増やすことで心筋収縮力を増強する。
一方、非ジヒドロピリジン系カルシウムチャネル拮抗薬は、房室結節など刺激伝導系に発現するL型カルシウムチャネルを抑制し、抗不整脈作用(主に頻脈抑制・房室伝導抑制)を示すとともに、陰性変力作用も有する。
降圧薬として広く用いられるジヒドロピリジン系カルシウムチャネル拮抗薬は、血管平滑筋のカルシウムチャネルに対して比較的選択性が高く、主として血管拡張を介して降圧作用を示す。このため、多くの症例では心筋収縮力への影響は軽微であり、心不全患者においても、降圧目的で使用される。
リアノジン受容体とカルシウムの「メリハリ」
筋小胞体からのカルシウム放出の出口を制御するのがリアノジン受容体である。
拡張期にはしっかりとカルシウムを回収し、収縮期に一気に放出するという「メリハリ」が心機能維持には重要であるが、心不全患者ではこのリアノジン受容体に機能不全が生じ、拡張期にもカルシウムが細胞内にだらだらと漏出し続けることで、拡張・収縮の両方が弱まることが報告されている。
ホスホランバン・SERCA2a(カルシウム回収機構)の機能不全も心不全で報告されており、心筋の細胞質内カルシウムの「メリハリ」をいかに保つかが心不全の病態理解・治療の重要な視点となる。
拡張期に筋小胞体から細胞内へカルシウムが流出することが、DAD(delayed afterdepolarization)を生じ、致死的な不整脈の誘発にも関与している。
細胞間連絡とマクロファージの関与
心筋細胞間にはコネキシンというギャップ結合があり、電気的・化学的な連絡を担う。近年、心筋細胞間だけでなく、心筋細胞と免疫担当細胞であるマクロファージとの間にもコネキシンが存在することが分かってきている。脳神経領域ではアストロサイトなどの周辺細胞が神経疾患の発症に関与することが知られ、それに対する治療も始まっている。心臓領域でもマクロファージや樹状細胞が炎症を介してだけでなく心筋機能の制御に直接関与している可能性が指摘されているが、脳のアストロサイトに相当する機能を持つ細胞は現時点では同定されていない。
第13回 : 心臓を流れる電気(伝導系の解剖と臨床)
本稿のポイント
- 洞結節→房室結節→ヒス束→左右脚→プルキンエ線維という伝導経路により、心尖部がまず収縮をはじめ、連続的にから心基部へ向かう収縮(絞り出し収縮)が実現される。
- 左脚・左脚後枝のブロックは心筋異常を伴うことが多く、健診で初めて指摘された場合は精査が推奨される。
心臓の電気的中枢:洞結節と房室結節
心臓の収縮・拡張は電気的刺激によって制御されている。特に重要な構造が2つある。右房・上大静脈近傍にある洞結節と、右房の心房中隔・心室中隔接合部近傍にある房室結節である。
心房と心室は房室弁(右:三尖弁、左:僧帽弁)を中心に絶縁性の線維組織によって電気的に分離されており、房室結節から伸びるヒス束のみが心房から心室への唯一の電気的経路となる。
固有心筋と特殊心筋
心筋は、収縮を行う固有心筋と、興奮の発生・伝導を担う特殊心筋に分けらる。
固有心筋(心房筋・心室筋)の活動電位では、隣接細胞からの刺激で電圧依存性ナトリウムチャネルが急速に開口し、Na⁺が一気に流入することで急峻な脱分極が生じる。
一方、洞房結節・房室結節の特殊心筋細胞では、静止膜電位が浅く緩徐脱分極(ペースメーカ電位)を経て、主に Ca²⁺チャネルにより緩やかな脱分極が起こるため、活動電位の立ち上がりや伝導速度が遅くなる。
刺激伝導系は洞房結節・房室結節に加え、His束・脚・Purkinje線維などの特殊心筋から構成され、Purkinje線維などではむしろ固有心筋より速い伝導がみらる。
伝導経路と心尖部からの収縮
洞結節は心拍数そのものを規定し、副交感神経・交感神経による制御を受ける。洞結節の興奮はまず心房全体に伝わり心房を収縮させ、心房と心室が電気的に絶縁されているため、すべての刺激は房室結節に集約される。房室結節でも伝導は緩徐であり、心房内を伝わってきた電気刺激のタイミングが揃えられる。
その後、唯一の心室への伝導路であるヒス束を経て、右脚・左脚に分かれ、左脚はさらに前枝・後枝に分かれる。左脚後枝(プルキンエ線維)は最も太く、心尖部まで一気に伝導するため、心臓の収縮は心尖部から始まる。大動脈弁・肺動脈弁(心室の出口)は心基部に位置するため、心尖部から心基部へ向かう収縮様式は、ぞうきんを絞るような効率的な血液駆出を可能にする。
各伝導路の臨床的意義
| 右脚・左脚前枝 | 比較的細く、しばしば単独でのブロックがみられる(右脚ブロック、左脚前枝ブロックは健診でも比較的頻繁に指摘される) |
| 左脚・左脚後枝 | ブロックは稀であり、初回の指摘ないし新規に出現した場合は心筋異常を伴うことがあるため、精査が推奨される |
| 全伝導路の途絶 | 完全房室ブロック。心房の活動が心室へ全く伝わらない状態で、ペースメーカ植え込みが必要となる |
左脚ブロック・左脚後枝ブロックでも、伝導する心筋周辺の繊維化などにより重篤な異常がなくても生じることはあるため、精査の上で器質的異常がなければそのまま経過観察でよい。
また、固定された脚ブロックだけでなく、間欠的にブロックが生じることもあり、この場合には同じように精査することが望ましい。
第14回 : 心筋細胞不全という視点(構成タンパク異常)
ポイント
- 臨床的に心不全の原因となる不全心は、
1)アミロイドーシスのように蓄積物質による二次的な心筋障害
2)心筋梗塞やサルコイドーシスのような局所心筋障害に由来する機能低下
3)拘束型心筋症・特発性拡張型心筋症・肥大型心筋症のような心筋細胞自体の機能異常
の三つに大別される。 - 私が考える最も狭義の心機能不全は、心筋細胞自体の機能不全を基礎とする。
- トロポニンCのカルシウム感受性の亢進・低下が、それぞれ肥大型心筋症・拡張型心筋症の一部の機序として考えられている。タイチン、ラミン、デスミンなど多様な構成タンパクの異常も不全心の原因となる。
「心筋細胞不全」という視点の意義
心臓の収縮・拡張は、心筋細胞内のアクチン・ミオシンによるカルシウム濃度依存性の滑り込み機構によって生じる。心不全を引き起こす最も狭い意味での不全心は、この心筋細胞自体の機能不全を基礎とする。一部の不整脈や心筋梗塞も最終的には不全心に至るが、これらは組織・臓器全体としての機能不全であり、個々の心筋細胞そのものはもともと正常であったケースが多い。
現在の医学では心筋細胞単位の機能異常を直接的に評価することは困難だが、過去20年程度で心筋細胞内のエネルギーに関する検査やタンパク質の立体構造解析が進み、心筋を構成するタンパクの理解は大きく進歩した。アクチン・ミオシン・トロポニンが中核であるが、これらを調整・支持する多様なタンパクが心筋には存在し、その異常が拡張・収縮機能の不安定化やエネルギー効率の低下をもたらし、先天性または年余を経て心不全症状として現れる。
トロポニンCのカルシウム感受性異常
トロポニンCにカルシウムが結合する際の感受性の変化が心筋症の機序として考えられている。理解を単純化するため、トロポニンCに2個のカルシウムが結合して正常レベルの収縮が起こる状態を「正常反応」とすると、1個の結合で正常レベルの収縮が起こる状態は「感受性の亢進」、4個結合しないと正常レベルの収縮が起こらない状態は「感受性の低下」と整理できる。
感受性の亢進は心筋の一部が極度に肥厚する肥大型心筋症で見られるとされ、感受性の低下は拡張型心筋症の一部で見られるとされている。
その他の構成タンパク異常
タイチン(日本で発見され、当時はコネキシンと呼ばれていた)というタンパクはミオシンを貫通するようにZ膜に結合している。Z膜は心筋線維の束を一定間隔で「節」に分ける隔壁であり、竹の節のような構造を想像するとわかりやすい。アクチンはZ膜に直接結合しているが、ミオシンはタイチンに引っ張られる形でZ膜とつながっており、直接結合してはいない。そのためタイチンの異常はミオシンの正常な機能を妨げ、収縮機構に異常をきたす。
また、ラミン、デスミンなど多様な心筋構成タンパクの異常により、正常な拡張・収縮ができない、あるいは拡張・収縮に過剰なエネルギーを要するなどの状態に陥り、不全心となることがある。
「心筋細胞不全」という確立された医学用語は存在しないが、心筋の最小単位である細胞レベルの機能をきちんと評価・イメージすることは、不全心の理解にとって本質的に重要である。
磁気共鳴スペクトロスコピー(MR spectroscopy:MRスペクトラ)
:心筋エネルギー代謝と検査の全体像
心筋細胞のエネルギー代謝を評価する検査の一つとして、磁気共鳴スペクトロスコピー(MR spectroscopy:MRスペクトラ)は「心筋内の高エネルギーリン酸化合物を非侵襲的に可視化する方法」として位置づけられる
心筋は通常、脂肪酸を主たるエネルギー源としつつ、状況に応じて糖代謝へのシフトや高エネルギーリン酸化合物(ATP・クレアチンリン酸など)のプールを調整して収縮機能を維持する。
臨床では、PETによる糖・脂肪酸代謝評価やBMIPP心筋シンチグラフィによる脂肪酸取り込み評価などが、心筋エネルギー代謝のマクロな把握に用いられているが、MRスペクトラはより「細胞内高エネルギーリン酸化合物」に焦点を当てた評価法である。
MRスペクトラによる心筋エネルギー評価
MRスペクトラは、通常の心臓MRIが「形態・機能」を画像化するのに対し、特定核種(多くはリン31など)の共鳴信号を解析することで、心筋内の高エネルギーリン酸化合物の濃度比を定量的に評価する手法である。
心筋で重要な指標の一つが「リン酸化クレアチン(PCr)とATPの比」であり、PCr/ATP比の低下はミトコンドリア機能低下や慢性的なエネルギー不足を反映する指標として心不全や心筋症の病態評価に応用されてきた。
他のエネルギー代謝イメージングとの関係
心筋エネルギー代謝イメージングとしては、
- PET(FDG):糖取り込みと代謝の評価により、虚血心筋のviabilityや代謝リモデリングを可視化。
(注:サルコイドーシスの場合は、心筋の炎症をみているので意味合いが異なる) - 心筋脂肪酸代謝シンチ(BMIPPなど):脂肪酸取り込み・β酸化の障害を評価し、「気絶心筋」「冬眠心筋」や心不全に伴う脂肪酸代謝異常を検出。
といった検査が既に広く普及しているが、それらが主に「基質の取り込み・代謝経路」を評価するのに対し、MRスペクトラは「最終的な高エネルギーリン酸化合物プール(PCr・ATP)」の状態を直接測定する点に特徴がある。
すなわち、PETやシンチが「どの燃料をどの程度使っているか」を示すのに対して、MRスペクトラは「心筋細胞が最終的にどの程度のエネルギー・バッファを確保できているか」を示す検査と言える。
臨床的意義
心不全や特定の心筋症では、収縮機能低下に先立って、心筋内PCr/ATP比の低下やATPプールの枯渇が生じることが報告されており、MRスペクトラは「構造変化が顕在化する前のエネルギー段階の異常」を検出しうる検査として期待されている。
また、代謝改善療法や新規心不全治療薬の介入効果を、心筋エネルギーの観点から定量的に追跡する研究ツールとしても用いられており、将来的には臨床現場での個別化治療や予後評価への応用が検討されている。
補足:トロポニンCを心筋マーカーとしない理由
心筋梗塞を疑う際にはトロポニンI、トロポニンTを測定するが、トロポニンCは測定対象としない。これはトロポニンCが心臓以外の骨格筋とも共通の構造を持つため、上昇していても心筋障害か骨格筋障害かを判別できないためである。心臓と骨格筋で構造が異なるトロポニンI・トロポニンTを測定することで、心筋特異的な損傷の有無を診断する。
第15回 : 拡張型心筋症と「心臓が大きくなる」ことの意味
ポイント
- 拡張型心筋症は、ある意味形態学的な診断であり、左室拡張末期径の拡大と左室駆出率の低下(目安:55mm以上かつEF40%以下)で診断される。
- 収縮性低下により1回拍出量が減少すると、心臓は容積を拡大させて1回拍出量を確保しようとする代償が働く。
- 収縮性が保たれたまま心臓が拡大することは基本的になく、左室・右室いずれの拡大も弁膜症や心筋自体の異常を疑う根拠となる。
拡張型心筋症の診断目安
拡張型心筋症は、基本的に左室が拡大し左室の収縮能(動き)が低下している病態を指す。歴史的には心臓カテーテル検査での左室造影で評価されてきたが、現在は心臓超音波検査(心エコー)や心臓MRIによる評価が主体である。
拡張型心筋症は、形態学的な診断であり、原因は問わないため、サルコイドーシスによる拡張型心筋症という表現も取りうるが、一般的には、原因が特定されたときには、拡張型心筋症とはいわず、虚血性心筋症、心サルコイドーイスなどという。
現在の医療レベルで調べつくしても原因が不明なものを特発性心筋症という。さらに、若年発症のものに関しては、遺伝子レベルでの異常による心筋細胞機能不全によるものが示唆される。
診断の目安
左室拡張末期径がある程度の大きさ以上(目安として50mm以上)で、左室駆出率(心拍出量÷左室拡張末期容積)がある程度低下している(目安としてEF 40%以下)場合に拡張型心筋症と診断される。すっきりと診断できるのは拡張末期径55mm以上かつEF 40%以下だが、50〜55mm程度かつEF 40〜50%程度でも拡張型心筋症に該当しうる。なお拡張末期径50mm・EF 30%は拡張型心筋症と言いがたく、境界域の判断には個々の臨床像を総合する必要がある。特発性拡張型心筋症(原因不明、厚生労働省指定難病)の診断基準には「左室内腔拡大と駆出率低下(びまん性)」という定性的な記載のみがあり、具体的な数値基準は設けられていない。
なぜ左室は拡大するのか
左室が拡大する理由は、収縮性の低下に対する代償と考えられる。収縮性が低下した状態で左室サイズが小さいままだと、体が必要とする循環血液量を確保するために心拍数を著しく増加させなければならない(1回拍出量が少ないため)。一方、左室サイズ自体を大きくすれば、わずかな収縮でも1回拍出量を確保できる。そのため収縮性低下が生じると、それに反応して心筋・間質組織が拡大方向への刺激を受ける。
心筋細胞数自体は増加しないが、細胞内のタンパク(ミオシン・アクチンなど)が増加することで心筋がやや肥厚することもある(しない場合もある)。心筋細胞数が変わらないまま心臓が拡大するため、心筋細胞の密度は低下し、細胞間に線維成分が増加する。これが心臓の線維化である。
置換性線維化との違い
心筋細胞が何らかの原因で死滅し、その部位が線維組織に置き換わる現象を置換性線維化と呼び、心筋梗塞後や心筋炎で生じる。拡張型心筋症では、①心筋細胞が細胞レベルで機能不全に陥り全体のパフォーマンスが低下し、それを心臓拡大でカバーしている場合と、②心筋細胞がアポトーシスなどのカスケードで死滅し置換性線維化を伴いながら拡大していく場合の双方が想定されうる。
心臓拡大の臨床的解釈
本稿で伝えたい核心は、心筋細胞の収縮機能低下は心臓サイズの拡大という結果をもたらすという因果関係である。収縮性が良好なまま心臓が拡大することは、一部のホルモン異常(例:成長ホルモン過剰でただ大きくなることがある)を除いて基本的に生じない。これは左室・右室いずれにも当てはまる。
- 右室拡大:弁膜症、右室自体の異常、肺高血圧を疑う(初発例では先天性短絡疾患も鑑別に含める)
- 左室拡大:弁膜症、左室自体の異常を疑う
注:慢性的な高血圧単独では通常左室拡大は生じないが、いわゆる拡張相(高度に進行した状態)や高血圧緊急症では拡大することがある。
第16回 : 心臓の容積はどう決まるか
Afterload mismatchとは
ポイント
- 収縮末期容積は本質的な収縮機能と後負荷で決まり、拡張末期容積は収縮末期容積に1回拍出量を加えた値として決まる。この過程に拡張機能は直接関与しない。
- 拡張機能が良好であれば、心臓は容積を増やしても圧を上げずに駆出量を確保でき、心不全症状は出現しない。
- 急激な後負荷増大により拡張できず心拍出量が低下する病態をAfterload mismatch(後負荷不適応状態)と呼ぶ。
正常な心臓の基準値
心臓は体が必要とする酸素需要を満たすために適切な循環血流量を駆出する。心臓の大きさは胸郭の大きさとエネルギー効率の兼ね合いで決まり、概ね1回拍出量70mL程度、心拍数70回/分程度、左室駆出率65%程度が正常な目安値である。左室の拡張末期容積と収縮末期容積の差が心拍出量となる(弁膜症がない場合)。
心臓の容積を決める2段階のロジック
心臓の大きさを理解する上で、まず収縮末期容積を考えるとわかりやすい。
収縮末期容積は、圧容積関係(pressure-volume loop)の考え方から、①心室本来の収縮機能、②心臓が血液を拍出する際にかかる負荷である後負荷、の2つによって決まる。
心機能が良好で後負荷が小さければ収縮末期容積は小さく、心機能が低下するか後負荷が増大すれば収縮末期容積は大きくなる。


図のように、収縮性と後負荷の指標の交点から、収縮末期(=拡張初期)の容積が決定される。
収縮性は心機能で決定するが、強心薬や陰性変力作用を持つ薬剤などで修飾され、後負荷に関しても血管収縮薬や動脈系の血管拡張作用を持つ薬剤で変化する。
拡張初期の容積が決まれば、心拍出量は平衡状態では一定となるので、次いで拡張末期容積も決定される。
このように、心臓の容積は決定されていくと理解することができる。
拡張機能の評価方法
心臓は容積が増大すれば多少なりとも心内圧が上昇する。この上昇パターンは、初めはほぼ平坦で徐々に急峻となっていくような圧容積関係を描く。拡張機能の評価方法の一つは、左室容積を増大させたときに圧がどれだけ低く保たれるかを観察することである。容積がどれだけ増えても圧が上昇しなければ拡張機能は良好であり、わずかな容積増大でも急激に圧が上昇すれば拡張機能不良と判断できる。
拡張機能が良好であれば、心臓は容積を拡大させても圧が上昇しないため、拡張末期圧によって規定される心不全症状(うっ血)は出現せず、心拍出量も維持されるため低灌流所見も生じない。
安静時のみならず運動時に心室が拡大しても、拡張末期圧が上昇しなければ心不全症状は出現しない。
Afterload mismatch(後負荷不適応状態)
わずかな容積増加で圧が急激に上昇するような拡張性の悪い心臓であれば、拡張末期圧にも制限はあるので、容積が増加しようとしても、圧によって制限されてしまう。
心機能が低下するか後負荷が急激に増大すると、収縮末期容積は増大するが、それに応じて拡張末期容積を増やすことができず、心拍出量が低下する状況が生じうる。これに応じて心拍数が上昇するか、心拍数が限界に達していれば低灌流所見が生じる。
このように急性に後負荷が増大して拡張できずに心拍出量が低下する現象を特にAfterload mismatch(後負荷不適応状態)と呼ぶ。

第17回 : 心臓が大きいことと心不全症状が出ることは別問題
ポイント
- 収縮機能の低下による心拡大があっても、心内圧(拡張末期圧)が高いかどうかは別問題であり、自動的には決まらない。
- 心不全症状(特に呼吸困難)が出るかどうかは拡張末期圧の上昇度に依存し、低EFの心臓でも必ず症状が出るとは限らない。
- 高齢者では呼吸困難より浮腫で心不全が発見されることがある。これは、頻脈になりにくい、下肢などの組織の水分保持性が低下しているなどのため、浮腫が出やすいためであると考えられる。
心拡大と心内圧上昇は同義ではない
心不全で収縮機能が低下すると、代償的に心臓は拡大する。急性の変化では心室が大きくなるにつれて心内圧は上昇するが、慢性の変化において心臓が大きくなること過程で、容積当たりの心内圧がどう変化するかは、一様ではないと考えられる。つまり、収縮機能低下を背景とした慢性的な心拡大が拡張機能にどのような影響を与えるかはわかっていない。
同じ左室駆出率で、同じ左室のサイズであっても、個人個人で、圧容積の関係は異なるため、心拡大があるからと言って、左室内圧が上昇しているかどうか、労作によってどの程度上昇するかは全くわからない。
もちろん、左室駆出率の低い心臓は正常な心臓ではないため、心内圧が高い可能性は相応に高く、将来的に高くなる可能性も十分にあるため、低EF症例では注意深い経過観察が必要である。
慢性心不全の症状進行パターン
心筋梗塞や心筋炎のような急性の変化を除き、比較的慢性に進行する心不全(多くの心不全はこの経過をとる)では、症状は労作に伴って出現し始める。呼吸困難は、初期には日常生活レベルを大きく超える労作で出現していたものが、徐々に階段昇降や歩行といった低強度の活動でも出現するようになる。
ただし、活動性が低かったり、このあたりの症状を年のせいだとして、高度な浮腫や肺水腫などになるまで受診せずに、重症化しることも多い。
特に、高齢者では、洞結節・房室結節の反応性の低下のため頻脈になりにくかったり、皮下組織の水分保持性が低下しており、わずかな静脈圧の上昇で浮腫が顕在化しやすかったりするため、左室拡張末期圧による上昇による呼吸困難よりも、右室拡張末期圧の上昇による胸水を含む体浮腫の症状が出やすいと考えらえる。
臨床的に重要な視点
本稿で強調したいのは、収縮機能が低下し心臓が拡大していたとしても、安静時・労作時を問わず心不全症状が出るかどうかは予測できないという点である。症状の有無を決めるのは拡張末期圧が高いかどうかであり、それはその患者が行う最大労作強度において拡張末期圧がどこまで上昇するか、そしてその患者がどの程度まで肺うっ血・体うっ血を耐容できるかに依存する。
また、安静時から既に心拍出量が低下している場合、心臓が拍出量を確保するために大きくなりたくても大きくなれない要因(心筋自体の拡張機能低下、あるいは何らかの制限)が存在していることを意味する。
第18回 : 一般的な急性心不全 (≒慢性心不全急性増悪) では、血圧は低下せずむしろ上昇する理由
ポイント
- 心不全症状は左室拡張末期圧上昇、右室拡張末期圧上昇、心拍出量減少の3系統に分けられる。
- 血圧低下は心筋梗塞・心筋炎など急性かつ高度な心機能低下に伴うものであり、慢性心不全の急性増悪では血圧はむしろ上昇することが多い。
- 慢性心不全急性増悪では心機能自体はあまり変化せず、容積増加による心内圧上昇が主体であり、心拍出量は維持され、交感神経の興奮により血圧は上昇していることが多い。
血圧が低下する心不全 : 高度な心機能障害
「心臓が悪い=血圧が低い」というイメージは、移植が必要なくらいに拍出量低下がみられるくらいの低心機能であったり、急性心筋梗塞や心筋炎のように心機能が急激に低下した場合に当てはまる。心筋の急激な壊死により収縮機能が低下すると、交感神経刺激によって静脈系(主に脾臓・肝臓)にプールされている血液を絞り出し、心拍出量を増加させようとする(出血性ショックにも有効な機序)。しかし心機能が著しく低下している場合、この代償効率は著しく低下し、血圧を維持することができない。
また、心機能低下時には交感神経が末梢抵抗血管を収縮させて血圧を維持しようとするが、循環血流量の低下がそれを上回ると血圧は低下する。さらに心筋梗塞・心筋炎では多臓器不全を伴うことも多く、炎症性サイトカインの上昇により抵抗血管が拡張し、交感神経による血圧維持作用を凌駕してしまうため、血圧低下が顕著になる。
血圧が上昇する病態 : 慢性心不全の急性増悪
慢性心不全で、もともと心機能が低下した状態に過度な負荷が加わって発症する「慢性心不全の急性増悪」型の急性心不全では、血圧は上昇していることが多い。収縮能や弛緩/拡張能といった心機能自体はほぼ悪化していないため、体が必要とする有効循環血流量の増加要求に対して心拍出量は維持され、容積増加による心内圧上昇が主体となる。
この型の急性増悪では感染(特に呼吸器感染)が誘因となることが多いが、軽度の感冒や軽症肺炎程度では血圧を下げるほどのサイトカイン上昇は通常生じない。そのため交感神経刺激による血圧上昇が優位となり、平常時より血圧が上昇していることのほうが多い。
つまり、ほとんどの急性心不全では心拍出量の低下が生じていない、あるいは生じていても血圧を下げるほどではなく、同時に交感神経刺激による抵抗血管収縮が働くため、血圧は低下せずむしろ上昇する症例が多いという結論になる。
注意しなければならないレンジとして、収縮期血圧 80-120mmHg程度の急性心不全は非常に危険な症例を含む。
普段 80-100mmHg程度の低心機能心不全患者が急性増悪を起こしている可能性があるためである。このような患者に、血管拡張薬を使用すると一気に血圧が低下し、プレショックないしショック状態となってしまう可能性がある。
ちなみに、静脈系の血管拡張薬は、肺うっ血に対する治療であり、主たる目的は呼吸管理ということになる。呼吸管理であれば、2026年現在、陽圧換気のほうが有効であるため、静脈系の血管拡張薬を治療のオプションとして用いる場面は本来少ないはずである。
重症の心不全をできるだけ安全に治療をしていく上での私の信条として、安易に静脈系の血管拡張薬を投与せず、循環評価を慎重にと行うということであることを付記しておく。
第19回 : 肺うっ血・肺水腫の機序と起座呼吸
ポイント
- 肺うっ血・肺水腫は左室拡張末期圧の上昇(≒左房圧上昇)が原因であり、明確な数値での定義は困難だが、目安として左室拡張末期圧18〜22mmHg以上が異常域とされる。
- 肺間質の水分が増えた状態を肺うっ血(肺間質浮腫)、肺胞内に水が達した状態を肺水腫と呼ぶ。
- 起座呼吸(臥位で呼吸困難・座位で症状軽減)は、重力による静脈還流減少と肺血流再分布による酸素化改善で説明される。
拡張末期圧の異常値の目安
日常診療でみられることの多いうっ血による症状の主要な原因は心臓の拡張機能不全であり、これは拡張末期の左室が最大容積に達したときの心内圧が過剰に上昇している状態と定義できる。
難しいのは、個人の肺循環を含めた代償機構などによる異常といえる絶対値や、負荷時の上昇幅について明確な臨床的カットオフを定めにくい点である。
目安となる数値
左室拡張末期圧で18〜22mmHgをグレーゾーンとして、22mmHg以上は明らかな異常域と考えられている。
安静時に20mmHgであれば正常な心臓ではないと考えられる一方で、安定した心不全患者でも左室拡張末期圧が7〜10mmHg程度と正常範囲低めの値をとることがあり、高いから異常とはある程度言えても、低いから安全とは言えない。
右室では平均2mmHg程度までが正常の目安で、4mmHgではやや高いと判断される。
左室拡張末期圧が高くても直ちに症状が出現するわけではない。緩徐に心不全が進行する場合、各臓器が圧上昇に適応するためである。たとえば左室拡張末期圧が急速に正常域(10mmHg)から25mmHg程度まで上昇すれば肺うっ血・肺水腫を生じるが、緩徐に進行した場合は肺胞・毛細血管間の水分調整機構やリンパ系が適応し、同程度の圧でも症状が乏しいことがある。
肺うっ血と肺水腫の定義
肺うっ血とは、右室から肺動脈、肺胞毛細血管、肺静脈、左房という肺循環全体に圧上昇によるうっ滞が生じている状態である。僧帽弁に異常がなければ左室拡張末期圧は平均左房圧とほぼ等しく、左室拡張末期圧の上昇が左房圧を上げ、肺循環をうっ血させる。
肺循環がうっ血し、肺胞内へと水分が漏出するのが肺水腫であり、急性心不全の中でも治療優先度が最も高い病態の一つである。
(ARDSなどでは、肺循環がうっ血せずに、透過性が亢進し、肺胞内へ水分が滲出する)
肺胞は気管支末端の薄い膜構造で、外側を毛細血管が走行し、薄膜を介してガス交換が行われる。肺胞外の間質は正常では毛細血管と線維成分のみのドライな空間であり、一般的な毛細血管と異なり水分のやり取りが抑制されている(リンパ系も存在するが)。左房圧上昇により肺毛細血管圧が上昇すると、組織への水分移動が増加する。
肺間質に水分が増加した状態を厳密には肺間質浮腫と呼ぶが、臨床的にはこの状態を「肺うっ血」と呼ぶことが多い。さらに水分が肺胞薄膜を超えて肺胞内(肺実質)に流入した状態を肺水腫と呼び、安静時にも強い呼吸困難と低酸素血症を生じる。
肺水腫は、サイトカインの上昇を伴うことがあり、そのような肺水腫を繰り返している場合、サイトカインによる肺胞のモデリングが生じて、換気障害が生じることが想定されており、検査としては、DLCOの低下として反映される。
起座呼吸の機序
心不全による肺うっ血性肺水腫の特徴は、臥位で症状が増悪し、座位や前傾位で症状が軽減することである。これは起坐呼吸といわれる心不全に特有の症状である。
起坐呼吸は、①重力による心臓への静脈還流の減少、②肺自体への重力作用により水分が下方、空気が上方に分布することで、肺上部では水分が少なく空気が多い領域が生じ、その部位での毛細血管酸素化が改善することによって説明される。
急性の強い呼吸困難・低酸素を訴える患者を心不全と判断した医療スタッフや救急隊員が、搬送時に患者を座位ないし、それに近い体位に保つのはこのためである。
第20回 : 肺うっ血の慢性化 肺高血圧と拡散能低下
ポイント
- 左室拡張末期圧の慢性的な上昇は肺血管構造を変化させ、肺血管抵抗の上昇から肺高血圧を、肺胞間質の肥厚を介して拡散能低下を引き起こす。
- 肺水腫には炎症・サイトカインを伴うタイプとそうでないタイプがあるとされており、これにより酸素化改善までの時間経過に差を生む可能性がある。
- 現時点で拡張機能を改善させる薬剤は存在せず、治療はうっ血の制御と収縮機能のわずかな補助による対症療法が中心である。
この項は、あまり教科書でも見られることな少なく、知られていない内容が多いと思いますので、引用文献を提示しながら記載していきます。
うっ血症状と低灌流症状の分布
心不全の症状は低灌流症状とうっ血症状に分けられる。低灌流症状は重症度の高い心不全に限られるが、うっ血症状はすべての心不全で生じうる。有症候性心不全とはうっ血症状が存在することを前提とした概念であり、重症だが安定した心不全では低灌流所見のみでうっ血症状を欠くこともある。しかしこのような状態でも、わずかなバランスの乱れで容易にうっ血症状が顕在化するため、潜在的にはうっ血傾向を内包しているといえる。(7,8)
肺うっ血の慢性化が引き起こす変化
左室拡張末期圧の上昇は肺循環をうっ血させ、急性には肺水腫を引き起こす。慢性的なうっ血・圧上昇が持続すると、肺血管自体の構造変化を来し肺血管抵抗の上昇から肺高血圧を引き起こす。また肺胞自体にも変化が生じ、肺胞間質の肥厚などにより肺胞・毛細血管間の酸素拡散能が低下する。
つまり左室拡張末期圧の上昇は、急性には肺水腫を、慢性的・反復的には肺高血圧および酸素拡散能低下を引き起こす。(1-6,9,11,13,14)
肺水腫の2つのタイプ
肺水腫は病態によって2つに分けられると考えられている。 (11,12)
①圧の上昇のみで一時的に水分が漏出するタイプ
②強い炎症とサイトカイン上昇を伴うタイプ
である。
肺水腫発症時に炎症系サイトカインの上昇が確認されているが、全例で共通するかは不明である。
臨床的には、陽圧換気と少量の血管拡張薬・利尿薬で数時間以内にレントゲン所見・症状が著明に改善する患者と、血行動態的には肺うっ血が改善していてもよいくらいに改善しているのに、肺水腫像が2〜3日持続し酸素化の改善が乏しい患者が存在する。
両者の違いはサイトカインの関与による血管透過性亢進の有無によって説明できる可能性がある。血管の透過性が急性の障害を受けずに、圧の上昇によってのみ肺水腫を生じている場合には、速やかに症状も改善するが、サイトカインによって、透過性が変化した場合には、肺循環の圧が正常化しても透過性が改善するまで肺水腫所見や症状の改善が遅滞し、時間的な差が生じる可能性はある。
また、繰り返す肺うっ血や水腫に炎症性サイトカイン上昇が関与する場合には、間質線維化が生じ、慢性期の肺拡散能低下(肺機能検査のDLCO低下)にもつながっている可能性もある。(4-6,13)
心不全はなぜ「不治の病」なのか
左室の拡張機能(心内・心外のあらゆる影響を含む総合的な拡張機能)が良好であれば、心臓が血液をより多く出そうとする際に増えるのは圧ではなく容積である。容積が増えれば内圧は上昇するが、拡張機能が良好であればいくら容積が増えても拡張末期圧は上昇しないため、左房圧も上がらず肺うっ血も生じない。
何らかの理由で拡張機能が悪化するか、心臓が過度に大きくなり心膜の影響を強く受けるようになると、わずかなきっかけで心不全症状が出現するようになる。明らかな原因がなく、かつ心臓がさほど大きくない状態で心不全症状が出現する場合は、それだけ拡張機能の障害が強いことを意味する。拡張機能は基本的に経年的に悪化するため、急性増悪を起こしやすくなる一方であり、現時点で心臓の拡張機能を直接改善させる薬剤は存在しない。そのため心不全は治癒に至らない疾患として位置づけられている。内服治療は、うっ血を防ぐための適切な利尿薬投与と、収縮機能をわずかに高め拡張機能の余力を補う経口強心薬投与など、対症療法的な範囲にとどまる。
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第21回 : 右室拡張末期圧上昇による臓器うっ血と「第2の心臓」としての骨格筋
ポイント
- 右室拡張末期圧の上昇は右房圧上昇を介して全身静脈圧・毛細血管静水圧を上昇させ、臓器うっ血・浮腫を引き起こす。
- 間質の吸湿性線維とリンパ機能が水分のバッファーとして働くが、加齢でこの機能が低下すると浮腫が起こりやすくなる。
- 四肢の骨格筋は静脈血流を加速させる「第2の心臓」として働き、右房圧が高くても四肢の毛細血管圧を低く維持できる。
右房圧上昇が全身の静脈圧を上げる機序
全身の臓器を灌流した血液は(気管支動脈の一部を除き)ほぼすべて右房に帰る。右房圧が上昇すると、各臓器からの静脈血が右房に戻るためには、右房圧に加えて各臓器から右房までの静脈の抵抗による圧減少分を加味した圧が必要になる。そのため右房圧の上昇は全身の静脈圧の上昇、すなわち全身臓器の毛細血管圧(静水圧)の上昇につながる。
毛細血管静水圧と間質の水分バッファー
毛細血管の静水圧は毛細血管と組織間質との水分移動を規定する重要な要素であり、これが上昇すると組織間質への水分移動が増加する。間質には吸湿性の線維成分が存在し、ある程度の水分増加はこの線維に吸着されて間質の静水圧上昇を抑える緩衝作用を持つ。またリンパ機能も水分増加に応じて亢進し、間質からの排泄を促進する。
この間質の水分バッファー機能とリンパ機能が低下すると、同じ毛細血管静水圧でも間質が水浸しになりやすく、臓器の浮腫が生じやすくなる。高齢者がむくみやすいのは、加齢に伴いこれらの機能が低下するためである。
うっ血と浮腫という用語の使い分け
臓器の毛細血管圧上昇によるうっ血状態を肝うっ血・腎うっ血などと呼ぶが、この用語は毛細血管圧が上昇しているだけの状態と、実際に間質に水分が移動して臓器が浮腫を起こしている状態の両方を、状況に応じて指し分けている点に注意が必要である。
骨格筋という「第2の心臓」
心臓は唯一全身でポンプ機能を持ち血液に圧エネルギーを与える臓器であるが、ふくらはぎなどの骨格筋も収縮することで静脈血流を加速させ、エネルギーを付与する効果を持つ。これが骨格筋が「第2の心臓」と呼ばれる理由である。
右房圧が上昇した状況でも、心臓以外の臓器自体には圧を生み出す能力がないため、通常は静脈圧の上昇がそのまま臓器の毛細血管圧上昇につながる。しかし骨格筋が静脈血流を加速できれば、その手前にある臓器の毛細血管圧を右房圧より低く維持でき、組織間質の水分量を適正に保てる。四肢の筋肉量が保たれ、十分に動かせている場合は、右房圧が高くても四肢の浮腫が起こりにくくなる。ただし肝臓や腎臓と心臓の間には骨格筋が存在しないため、この保護効果は四肢の浮腫に限定される。
第22回 : 左室駆出率の保たれた心不全(HFpEF)の病態生理
ポイント
- HFpEFは心エコー上左室駆出率が保たれているのに、労作時の呼吸困難・うっ血所見・BNP上昇などの心不全症状を示す疾患群である。
- 病態の本質は、弛緩/拡張機能の障害であるが、「駆出率が保たれている」ということは、必ずしも収縮機能が正常であることを意味しない。
- 弛緩/拡張機能の低下により左室拡張末期容積の増大に制限が生じる。心臓はより収縮性を向上させ収縮末期容積を減らし、心拍数を上げることで代償するが、これは慢性的には心臓にとって負荷となる。(拡張機能の低下 = 心室容積増加あたりの圧上昇が大きい)
- 慢性的な高血圧や頻脈など後負荷の増大に対して、心臓はラプラスの法則に基づき、求心性肥大を生じる。これが拡張機能をさらに悪化させる悪循環を形成する。
- 二次性心筋症の可能性が一般に想定されているよりも高く、心筋生検を含めた原因精査がより重要である。
HFpEFという疾患概念
左室駆出率の保たれた心不全(Heart Failure with preserved Ejection Fraction; HFpEF)は、心エコーで左室が見た目上よく収縮し弁膜症もないにもかかわらず、典型的な心不全症状、レントゲン上のうっ血・肺水腫所見、BNP上昇を示す疾患群である。
「駆出率が保たれている」という名称は、収縮機能が良好であることを意味しない。駆出率(弁膜症がなければ心拍出量÷左室拡張末期容積)が保たれているという検査所見上の表現にすぎず、左室拡張末期圧が心不全症状を来すレベルまで上昇している時点で、左室の収縮性も多少なりとも低下していると考えられる。
拡張機能低下とAfterload mismatch
拡張機能が進行性に悪化すると、拡張末期容積を増やそうとした際に拡張時の圧が過度に上昇してしまい、肺循環から左房へ十分な血液を送り込めなくなる。この、拡張時の圧上昇により拡張容積を増やせず1回拍出量が減少する現象をAfterload mismatchという。

この状態では心臓は1回拍出量を確保するため、収縮末期容積をより小さくする(駆出率を高くする)、あるいは心拍数を上げることで代償しようとする。これらは短期的には有効循環血液量を維持するために必要な変化だが、慢性的には心臓への負荷となる。
駆出率60%程度、すなわち半分弱の血液を残す程度の収縮が最もエネルギー効率が良く、これより高くても低くてもエネルギー効率は悪化する。過剰な収縮末期容積の縮小や頻脈による代償が続けば、拡張機能はさらに悪化し、収縮機能も悪化していく悪循環に陥ると考えられる。
高血圧の高齢女性に多い理由
臨床的にこの病態は高血圧の高齢女性に多くみられる。高血圧は心臓にとって駆出のための負荷(後負荷)となり、心臓は慢性的にこの負荷を緩和するため、ラプラスの法則に基づき左室内腔を小さくし心筋を肥厚させる(求心性肥大)。この形態変化が拡張機能を悪化させ、拡張機能低下時に収縮末期容積を小さくして代償する余力をも弱めてしまう。
また体格が小さいほど、Windkesselモデルにおいて、血管内を伝わる反射波(波動エネルギーが血管壁を反射して心臓側に戻ってくる現象)が速く戻ってくるため、身長の低い人ほどこの反射波の影響を強く受ける。高血圧による刺激は年月とともに蓄積するため、高齢になるほどこうした変化が顕在化しやすい。
(心臓から抵抗血管までの距離が短いため、末梢血管の抵抗の変化がより心臓に影響をより与えやすいイメージ)
臨床的意義
HFpEFにおける拡張機能の悪化は根本的に改善させることが困難であり、これが予後を悪化させる一因となっている。
また、HFpEFでは、心肥大を伴うことが多いが、心肥大の中には、二次性の蓄積性疾患が含まれる。
例えば、アミロイドーシスも初期にはHFpEFの病態を取りうる。
現状では拡張機能不全になりやすい患者を予測する手段が確立していないため、高血圧の厳格な管理が現実的な対策となる。
また、βブロッカーやACE阻害やARBの有効性は認めておらず、2026年時点では、SGLT2阻害薬やエンレストといったどちらかというと利尿作用のある心保護薬で有効性がみとめられている。
第23回 : 左心不全症状・右心不全症状は機能不全と必ずしも一致しない
ポイント
- 左心不全症状(肺うっ血・肺水腫)の出現には右心機能・肺血管抵抗が関与し、右心機能不全があると左心機能が悪くても左心不全症状が出ないことがある。
- 右心不全症状(臓器うっ血・四肢浮腫)は右室が後負荷に弱いため、左心機能のみの低下でも容易に出現する。
- 電撃性肺水腫では右心不全症状をほとんど伴わず肺水腫のみが急激に出現することがある。
左心不全症状・右心不全症状・低灌流所見の整理
心不全のうっ血・溢水による症状は、左室拡張末期圧上昇による左心不全症状と、右室拡張末期圧上昇による右心不全症状に分けられる。心拍出量低下については、左右いずれの心室に起因しても最終的な拍出量は同じであるため、左右を区別せず低灌流所見と呼ぶ。重要なのは、左心不全症状・右心不全症状はそれぞれ左心機能不全・右心機能不全とそのまま一致しないという点である。
左心不全症状の出現には右心機能が関与する
左心不全症状(肺うっ血・肺水腫)が出現するには、右心機能および肺循環の血管抵抗が重要な要素となる。右心機能が良好で肺血管抵抗が低ければ、体が要求する心拍出量増加に応じて右心から肺循環を介して左房へ血液が送り込まれ、左室拡張末期容積が増加し圧上昇、すなわち左心不全症状が生じる。
逆に右心機能不全や肺高血圧があると、体が心拍出量増加を要求しても右心からの拍出量が増えず、左室拡張末期容積が増加しないため、左心機能自体が低下していても左心不全症状が出現しないことがある。このような状態はそれなりに特殊な重症心不全に限られるが、重症であるほどレントゲン上肺うっ血・肺水腫所見が乏しいことがある点は留意すべきである。
右心不全症状はより容易に出現する
右心不全症状(臓器うっ血・四肢浮腫)を伴わない心不全は稀である。右室は左室に比べて後負荷(圧負荷)に弱く、左室拡張末期圧の上昇が左房圧、平均肺動脈圧の上昇を介して右室の後負荷を増大させると、右室は収縮性を上げて対抗しようとするがその対応力は左室より弱いため、容易に右室拡張末期圧が上昇してしまう。
このため、右室機能自体に大きな問題がなくても、左心機能低下のみから右室拡張末期圧上昇による右心不全症状(四肢浮腫・胸水)が出現することがある。左心が単独で低下するケースは稀だが、その場合でも右心不全症状は出現しうる。
電撃性肺水腫という例外
急激に発症する電撃性肺水腫は、何らかの誘因で体の血液をプールする静脈(脾臓・肝臓など)と動脈抵抗血管が同時に収縮し、心臓への静脈還流増加と後負荷増大が同時に生じることで、急激に左室拡張末期圧が上昇し肺水腫を引き起こす病態である。
電撃性肺水腫の前段階として、無症状のまま体液が約2-3kg程度貯留している時期が存在することが多いとは思われるが、前段階を経ずに発症することもありうる。
前段階を経ない場合は肺水腫とその関連症状のみが顕著で、右心不全症状がほとんど見られないことがある。
第24回 : 胸水と肺うっ血
同じ「胸の水」でも左心不全症状と右心不全症状に分かれる理由
ポイント
- 肺うっ血・肺水腫は左心不全症状(左房圧上昇)、胸水は右心不全症状(右房圧上昇による気管支静脈のうっ血)であり、機序が異なる。
- 気管支動脈は、同じ動脈潅流でありながら、中枢側は気管支静脈を経て右房に、末梢側が肺静脈を経て左房に還流する特異な二重循環を持つ。(入り口は1つで、出口が手前と奥で2つある状態)
- 心臓喘息(心不全に伴う喘鳴)は気管支末梢の浮腫によるもので、左房圧上昇に起因する左心不全症状である。
肺うっ血と胸水はどちらも「胸の水」だが機序が異なる
肺うっ血・胸水はいずれも胸腔内に水が増える点で共通するが、肺うっ血・肺水腫は左心不全症状(左室拡張末期圧・左房圧上昇による症状)であり、胸水は右心不全症状(右室拡張末期圧・右房圧上昇による症状)である。肺うっ血は左房圧上昇により肺循環自体がうっ血する現象で、肺循環の静水圧上昇により肺水腫も生じる。
気管支動脈の特異な二重循環
肺には肺循環とは別に、肺自体を栄養する気管支動脈が存在する。気管支動脈は大動脈から分岐し動脈血(酸素飽和度の高い血液)を運ぶ点で肺動脈(肺胞前のため酸素濃度が低い血液)と異なる。
気管支の中枢に近い太い部分と胸膜を灌流した血液は気管支静脈となり右房へ直接還流するが、末梢の気管支・肺胞周囲間質を灌流した血液は肺静脈に流入し左房へ還流する。つまり気管支動脈は灌流部位によって右房と左房の両方に流れ込む特異な循環構造を持つ。
胸水が生じる機序
胸膜は肺を直接覆う臓側胸膜と胸郭側の壁側胸膜の2重膜構造で、両膜間では水分のやり取りが行われ、肺間質・臓側胸膜から胸腔を経て壁側胸膜・リンパ管へ回収される水の流れが生理的に存在する。右房圧の上昇は気管支静脈のうっ血を介してこの水の流れを増加させ、リンパ管による回収が追いつかなくなることで胸腔内に生理的な量を超えて水が貯留する。これが胸水である。
肺炎による胸水は機序が異なる。肺炎では炎症により胸膜の水透過性自体が亢進することで胸腔への水の流入が増加するため、肺炎が治癒し胸膜透過性が正常化するに伴い、特別な治療なく胸水も自然に減少していく。
心臓喘息 : 左心不全症状としての気管支狭窄音
気管支動脈の末梢循環部位は肺静脈を経て左房に還流するため、左房圧の上昇は気管支動脈から灌流される肺末梢・肺胞間質のうっ血・溢水(肺水腫)に加え、末梢気管支自体の浮腫も引き起こす。
心不全患者で聴取される喘息様の気管支狭窄音は「心臓喘息」と呼ばれるが、これは末梢気管支浮腫を含む肺うっ血の結果によるものであり、左房圧上昇に起因する左心不全症状の一種である。喘息既往のない心不全患者の喘鳴を見た際には、この機序を念頭に置く必要がある。
胸水は慢性心不全急性増悪の代償状態のバロメーター
右心不全症状を中心とした慢性心不全の急性増悪では、過剰な水分が最後に貯留するスペースが胸腔であることが多い。したがって胸水が消失すれば、多くの場合慢性心不全の増悪はいったん小康状態(代償状態)に至ったと判断できる。
私の臨床の経験上、増悪する時には胸水がまず出現し、四肢の浮腫が目立つようになる。治療していくと逆の経過をたどり、まずは四肢の浮腫が軽減・消失し、その後に胸水が軽減・消失していく。
心拍数と左・右心不全症状
心拍数と心不全の溢水症状にも関連はある。
心不全の急性増悪において、頻脈の時と、徐脈の時では血行動態の違いから症状の出方が変わる。
頻脈では、左室にとって後負荷が増大することになるので、左心不全として、肺うっ血・肺水腫の症状が生じやすい。
徐脈の場合には、心拍数を上げられないので、一回心拍出量を増やそうとする。そうすると、静脈還流の増大が持続的に生じ、右心の拡張末期容積の増大、拡張末期圧の上昇による胸水をはじめとする体浮腫が中心となる。心拍出量が上がる過程で、まず右心の拍出量を増大させる必要があるため、左心の拍出量が見合うまでに、右心系の容量負荷所見が生じてしまう。
臨床で、ペースメーカが必要な徐脈の患者では、肺うっ血や肺水腫などによる症状で救急搬送されてくるよりも、通常外来で胸水を中心とした体浮腫の症状で受診する患者を多く経験するが、それはこのような血行動態的な差があるためである。
第25回 : 夜間呼吸困難・起座呼吸を中心に心不全の症状について
ポイント
- 息切れ・易疲労感は非特異的であるが、心不全だけでなく狭心症を疑うきっかけとなりうる。
- 夜間発作性呼吸困難・起座呼吸は重力による肺血流再分布が関与し、心不全で特徴的な症状である。
- 右心不全症状(浮腫・消化器症状)、低灌流所見(食欲不振・集中力低下)はいずれも非特異的だが、急性の増悪パターンが診断の手がかりとなる。
心不全症状の主だったもの
左心不全症状:息切れ・動悸・易疲労感・夜間発作性呼吸困難・起座呼吸・食思不振
右心不全症状:浮腫・体重増加・消化器症状(悪心・嘔吐・便秘)・食思不振
低灌流所見:尿量低下・四肢冷感・記銘力低下・集中力低下・性格変化(易怒性など)・食思不振
労作時症状と加齢性変化との鑑別
労作時の息切れ・動悸・易疲労感は、加齢に伴う変化としても普遍的にみられるため、長期間に同じ程度で持続する場合には、心不全の増悪を強く示唆しない。数日から1-2週間程度の期間で悪化している場合には心不全をはじめとした何らかの疾患の増悪を示唆する。たとえば「普段は階段2〜3階分を上れていたが、数日前から途中で息切れや血の気が引く感じがして登れなくなった」といったエピソードは、急性の労作時呼吸困難の増悪として典型的である。
加齢に伴い労作時呼吸困難が出現しやすくなる背景に、心臓の拡張機能障害の進行が強く関与していると考えている。拡張機能が年齢とともに悪化しなければ、高齢でも若年期と同様の運動耐容能が保たれる可能性がある。
夜間発作性呼吸困難と起座呼吸
心不全では臥位の方が肺全体に水分が貯留しやすく、座位では重力により肺上部の水分が減少し酸素交換が改善する。臥位で眠って1〜3時間程度で呼吸困難により覚醒する状態を夜間発作性呼吸困難と呼び、これが進行し臥位になるとすぐに呼吸困難が出現し座位ないし半座位にしかなれない状態を起座呼吸という。
夜間発作性呼吸困難・起座呼吸は心不全以外の疾患ではほとんどみられない症状であり、これらがあれば心不全が強く疑われる。他の呼吸困難をきたす疾患では、臥位という体位そのもので症状が増悪することは基本的にない。
心不全症状と消化器症状
心不全では臓器や四肢の浮腫が生じるため、腸管(特に小腸)もむくむ。腸管浮腫により消化器症状や便通異常が出現する。低灌流が強く出ると突然強い排便感を伴うことがあり、自律神経の急激な変化が関与している可能性があるが詳細は不明である。下肢浮腫は朝になっても引かず、数日単位で急速に悪化したものが心不全に特徴的であり、朝には消失する浮腫や数年来変化のない浮腫は心臓性とは考えにくい。
(一時期、臨床研究として消化器内科の先生の指導を受け、結腸の浮腫を観察する腸管エコーを実施していたが、かなりの重症でなければ、測定で差が出る程度の浮腫はわからなかったが)
第26回 : 低灌流所見は診断が難しい:検査所見と臨床的落とし穴
ポイント
- 心不全が最重症化すると、安静時にも有効循環血流量を維持できなくなる。
- 急性増悪時、Starling曲線の下降脚で説明しうるように、安静時よりも心拍出量が低下することがある。
- 肝機能(AST/ALT,T-bil)・腎機能(Cr)はうっ血・低灌流のいずれでも上昇する。一般的には、うっ血よりも低潅流時のほうが高度に上昇する。また、尿中Na・Clは低灌流に特異的な所見となる。
- 急性増悪時に血圧の低下(80-90mmHg以下)を伴わない低灌流は見逃されやすく、静脈系の血管拡張薬の持続静注や一部の慢性期の薬剤導入により、低灌流を悪化させる危険性がある。
心機能低下と心拍数の限界
心機能がいよいよ悪化してくると、心臓から血液を駆出できる量に制限が出てくる。
さらに、心機能が非常に悪い患者では、心拍数を司る洞結節にも不全がおよび、心拍数を上げることすらできなくなることもみられる。
1回拍出量が少なく、さらに心拍数も上げることができない状態では、安静時であっても有効な循環血液量を維持することができなくなる。
循環血流量が維持できなくなると、細胞に運ばれる酸素が不十分となり、それぞれの組織で低酸素による組織障害が出始める。
多臓器障害と血液検査所見:肝酵素と腎機能評価
この状態は多臓器に影響を及ぼすため、血液検査では肝臓や腎臓といった臓器障害がみられる。
特に肝臓に関しては、軽度のAST/ALTの上昇(50〜80程度)やT-bilの上昇はうっ血でみられ、100以上に増加するAST/ALTは低灌流でみられる。
腎機能に関しては、基本的にクレアチニン(Cr)が指標となるが、うっ血でも低灌流でも同様に上昇し、また元の値が不明なことも多く、単純に判断することは困難である。
ただし、尿検査所見をみることで、低灌流かどうかを判断することができる。
低灌流時の尿所見
低灌流状態の腎臓では、尿の生成が腎臓の中心(傍髄質といわれる部分)で主に行われる。
この状態になると、ナトリウムやクロールといった電解質の再吸収が亢進するため、尿検査では低ナトリウム尿や低クロール尿が低灌流の所見となる。
また、水の再吸収の亢進や分布異常がみられるため、血清電解質では低ナトリウム血症や低クロール血症がみられる。
さらに、脳への血流不足により、不穏やせん妄、性格の変化などがみられる。
手の爪は循環状態の評価に有用であり、爪を押さえて再びピンク色に戻るまでの時間を測定(CRT, capillary refill time)することで、循環不全の有無を評価することができる。
(参照:急性心不全治療(1):循環不全・低潅流の評価と治療)
脈圧の低下も重要な指標となり、脈圧 15-20mmHgをグレーゾーンとして、それ以下の場合には低心拍出・低潅流の可能性が考慮される。
低灌流の診断の難しさ
低灌流所見は、低灌流に特異的な所見が乏しく、診断が難しいことがある。
特に、極軽度あるいは低灌流になりかかっている状態の心不全は非常に危険である。
低灌流を意識せずに医師がうっ血の治療を行ってしまうと、うっ血の治療は低灌流を悪化させるため、医師の行った治療によって低灌流所見が悪化してしまうことがある。
また、慢性期に投与するβブロッカーや静脈の血管拡張作用のある薬剤など薬剤も、低灌流所見を改善させるかどうかを意識して慎重に使用しなければ、低灌流を悪化させる可能性がある。
(補足:低潅流のある重症心不全では通常の心不全の慢性期治療が正しいとは限らない)
そのため、低灌流所見を常に意識して診療を行うことが重要である。
第27回 : 低灌流所見の原因(1) 左室による場合
ポイント
- 心拍出量(L/min/m2)は体表面積で補正した心拍出量で評価され、C.I. 2.0-2.5をグレーゾーンとして、2.5以上で十分、2.0未満は重症心不全の目安となる。
- 収縮機能低下は左室拡大によって代償されるが、拡張末期容積の拡大には限界があり、限界に達すると心拍出量が低下する。
- 心拍数による代償にも限界があり(110回/分程度)、収縮機能・心室拡大・心拍数の3つの代償機構が尽きた時に低灌流所見が出現する。
心拍出量の評価指標
心拍出量(1分あたり)は1回拍出量×心拍数で規定され、単位は”L/min”だが、体格による必要量の違いを補正するため体表面積で割った”L/min/m2″が一般的な指標として用いられる。2.0-2.5L/min/m2をグレーゾーンとして、2.5L/min/m2以上であれば心拍出量は十分と推定され、年齢や筋肉量によっては2.2程度まで許容されるが、2.0を切ると重症心不全に相当することが多い。
心拍出量は体が必要とする酸素量、それを供給するための循環血流量に応じて決まるため、心臓に余裕があっても体の需要が低ければ値は低くなる。低心拍出の状態であれば、心拍出量が増えることはよい治療といえるが、安定期に、主に臨床研究などで何らかの介入をして、心拍出量が増えたからといって、その治療がいいかどうかは一概に言えない。その介入が全身の酸素需要を増やしているだけという可能性もある、
また、安静時の心拍出量の値だけでは心臓の余力まで評価できない。必要に応じて運動などの負荷をかけて需要が増加した際に、それに伴って心臓が供給を増やせるかをみる必要がある。
ただ、カテーテルを入れたままの運動負荷にはさまざまな制約がでる。そのため、心臓の運動に対する代償をみるには、呼気ガス分析による運動負荷が優れている。
収縮機能低下と左室拡大の代償機構
左室の収縮力が低下すると、心筋線維が筋層レベルで伸展し左室は徐々に拡大する。心筋にはばねのような性質があり、自然長から伸展すればするほど収縮力が増し収縮末期容積を小さくする方向に働くため、収縮性が低下しても心室拡大自体が収縮性と心拍出量を補う効果を持つが、心筋自体は左室拡大とともに、自然長より伸展していくため、クロスブリッジによる収縮性は低下すると考えられる。
左室の収縮末期容積は、左室圧容積関係図(PVループ)からわかるように、収縮機能と後負荷によって決まり、収縮機能が低下すれば後負荷を下げない限り収縮末期容積は拡大する。拡大した収縮末期容積に必要な1回拍出量を加えたものが拡張末期容積となる。拡張期に拡大には心筋自体の拡張特性や他、臓器による制限があるため、収縮末期容積が増加した場合に、必要な心拍出量を駆出できなくなる状態となる。この現象をafterload mismatchというが、心不全の急性増悪時に、安定期より心拍出量が減少している場合、この現象が関与している場合が多いと考えられる。

心室拡大の限界と心拍出量低下
拡張機能障害や胸郭による制限がなければ理論上心臓はさらに大きくなり心拍出量を保てるが、実際には心筋組織自体や心外膜により拡張末期圧は容積増大に伴い上昇する。拡張末期圧がそれ以上容積を増やせないほどの高値に達した時点で、左室はそれ以上拡張できなくなり、後負荷の増大すればするだけ心拍出量が低下する(afterload mismatch)。
すなわち収縮機能低下を心室拡大で代償する機構には、拡張末期圧・容積による上限が存在する。

心拍数による代償とその限界
1回拍出量の低下は洞結節による心拍数増加で代償されうるが、過剰な心拍数増加自体が後負荷となり心筋酸素消費量を増大させるため、心拍数代償にも上限がある。実験的に、不全心では、心拍数110程度がもっとも心拍出量(=1回心拍出量×心拍数)を増やすとされている。
私の経験的にも、急性心不全時、特に心房細動の時には、ジギタリスを中心に、オノアクトなどを使用しながら、心拍数110程度にしても、血行動態が破綻したり、うっ血が増悪するなどの、心不全が不安定化したことはない。
ちなみに、急性心不全の急性期でも、洞調律で、心拍数が120超えるようなときには、心不全以外に心拍数を上昇させる原因を考えるほうが良い。
また、洞結節や房室結節の機能不全で心拍数が50-60回程度までしか上がらない場合は、心房ないし心室ペーシングで人工的に心拍数をコントロールすることもある。
別記事で述べているが、大動脈弁閉鎖不全による急性心不全の場合には、徐脈は拡張時間を延長し、逆流量を増加させるため、頻脈にコントロールしたほうが、血行動態が安定することがある。
第28回 : 低灌流所見の原因(2) 右室による場合
ポイント
- 右室系の機能低下(右室梗塞、肺高血圧など)では、左室が正常でも低灌流所見が出現する。
- 急性増悪時の右室拡大は心膜が硬い袋として働くため、左室の拡張を物理的に妨げる(心室間相互作用)。
- 両心室の拡張末期圧(≒心房圧)が近い値になることが心室間相互作用を疑う臨床的手がかりであり、治療は利尿薬の効きが良い場合には、それだけでよいが、利尿薬の効きが悪い場合には、強心薬および低還流所見に留意しながらの静脈系血管拡張薬が必要となる。
右室機能低下による低灌流
心拍出量低下は左室の異常だけでなく右室機能低下でも生じる。右室機能がもともと低下している疾患、心筋炎(両室に炎症が及ぶ)、右室を栄養する血管の閉塞による右室梗塞などでは、左心機能に関わらず右室拡張末期容積をいくら増やしても右室からの拍出量が増えず低心拍出状態となる。
右室を含む心筋梗塞では通常以上の大量輸液と血管収縮薬を用いることがあり、心筋炎では原則的に両心室が障害を受けるため速やかに両室をサポートする体外循環を導入することが治療の中心となる。
肺高血圧による右室後負荷増大
肺血管抵抗が上昇する肺高血圧では、右室にとっての後負荷が増大する。右室は本来圧負荷に弱く、当初は収縮性を上げて対応するが、徐々に対応できなくなると心拍出量が低下する。この際、肺血管抵抗自体は低下しないが拍出量低下により肺動脈圧は低下する。右室が弱り切ることで右室からの拍出量が減少し、左室には十分な血液が入らないため、左室機能が正常でも体循環は低拍出状態(低灌流)となる。
補足:先天性肺動脈弁下狭窄症を80歳くらいの時に診断された患者を担当したことがある。あくまで検査入院であり、心不全の増悪を起こしていたわけではない。
その患者の右心は拡張期圧を上げずに、右室圧を上げることができていた。つまり、RVの圧がsystole 100mmHg, EDP 3mmHgというような状態である。エコーなどでも右室心筋は左室と同程度に厚く、しっかりと収縮・拡張を行っていた。一方で、肺高血圧の場合には、小児であろうと右室は圧負荷に対応できず拡大し、拡張末期圧があがる。先天性心疾患の肺動脈弁狭窄・弁下狭窄などに特異的な適応反応なのだろうと考えられた。
急性増悪時の心室間相互作用
慢性心不全の急性増悪(非代償化)では、全身の水分バランスの誤認識(静脈系の水分は十分でも動脈系の有効循環血流量が不足していると判断される)により、腎臓での尿量減少と水分貯留が進行し、右室へ短期間で多くの血液が返ってくることで右室が拡大する。
慢性的に長期間かけて心室・心房が拡大する場合、心膜もそれに伴い徐々に拡張するが、急性増悪のように数日〜数週間単位で右室が拡大する場合、心膜は伸展せず硬い袋のように働く。右室が占めるスペースが増えることで左室の拡張が物理的に妨げられ、左室は普段より小さい拡張末期容積のまま拡張末期圧だけが上昇する。この状態は右室にも影響し、両心室とも拡張末期容積に対して拡張末期圧が高くなる「心室間相互作用」による心拍出量低下が生じる。
通常の心不全では心室間相互作用を意識することは少ないので、心膜には、ある程度の余力と柔軟性は有していると思われるが、開心術後などでは、特にその柔軟性が失われると考えられ、術後の心不全増悪の場合には、特にこの点に留意する必要がある。
臨床的な見分け方と治療
臨床現場では、右室・左室の心房圧(≒心室拡張末期圧)が普段より近い値であるときに心室間相互作用を疑う。このような場合、心拍出量が多少低くても静脈系血管拡張薬を用いて右室の負荷を軽減し、右室が縮小すれば左室も自由に拡張できるようになり、相互作用が解消され両心房圧が低下し心拍出量が増加することを期待して治療を行う。ただ、静脈系の血管拡張薬は、循環不全を増悪させる可能性もあるため、用量の調整を慎重に行ったり、循環不全の懸念がある場合には、ドブタミンやミルリノンなどを先に投与するほうが安全である。
右室が単純に左室より機能不良である場合にも同様の血行動態(両心房圧の近接)を示すことがあり、この場合に静脈系血管拡張薬を用いると血行動態がさらに悪化する危険がある。最悪のシナリオを常に想定しながら治療方針を決定する必要がある。
第29回 : 心不全のStage分類(A〜D)とその臨床的意味
ポイント
- 心不全はStageA(リスク段階)→StageB(無症候性の器質的異常)→StageC(症状あり、治療反応性あり)→StageD(治療抵抗性)へと進行する経過をとる。
- StageB以降が循環器医の介入対象であり、StageAの早期発見・予防はすべての内科医・本人の役割が大きい。
- StageCとDを分けるのは、予後改善治療をすべて行った上でも症状が取れるかどうかという治療反応性の違いである。
StageA:リスク段階
心不全の原因となりうる疾患(高血圧など)を有するが、心臓自体にはまだ異常がない段階をStageAという。あくまでリスク段階であり、この段階の介入は循環器内科というよりは、主にはすべての内科医が担うことになる。
StageB:無症候性の器質的異常
心臓に負荷をかける疾患や冠動脈疾患に長期罹患することで、心臓の構造変化が徐々に進行するが、労作時を含め心不全症状がまだ出現していない段階をStageBという。無症状の弁膜症もこの段階に含まれる。この段階では、動脈硬化性疾患のリスク厳重な管理や、弁膜症の適切な経過フォローと手術介入が重要な時期となる。
StageBは正確には心不全とは言えないが、StageAよりはるかに心不全に近く、強い警鐘の意味を持つ。循環器医としての介入は基本的にこのStageB以降から行われる。
StageC・D:症状の出現と治療反応性
心不全症状が出現する段階をStageC・Dに分ける。心不全治療には症状を取る治療(利尿薬など)と長期予後を改善させる治療(ARNI, 抗MRA, SGLT2阻害薬, β遮断薬, 特殊なペースメーカ治療CRTなど)があり、両者の効果を併せ持つ治療法もある。
StageCとDを分けるのは、長期予後改善治療をまだ行っていない、あるいは何らかの理由で行えない状態で症状が取れない場合(StageC、治療反応性が残る)と、長期予後改善治療をすべて行い、利尿薬などの適応となるような体液過剰もないにもかかわらず軽労作や安静時の症状が取れない場合(StageD、根本的な治療手段が尽きた状態)の違いである。StageDでは心臓移植や緩和ケアが選択肢となる。
一般的にイメージされる「心不全」
一般的にイメージされる心不全は実質的にStageC以降の状態である。StageA、StageBの段階でいかに早期発見・予防し、StageC以降への進行を防ぐかが、心不全診療における重要な課題である。
補足:心不全の診療を専門に行ってきたものとしての心不全の緩和医療に対する想い・葛藤
心不全の治療は、常に症状を緩和しながら水分管理、利尿などで水分バランスを保ちつつ、それぞれの疾患に応じた慢性期治療を行っていくことである。そのため、すべてのステージで症状緩和を意識する必要はある。これは広義の緩和である。
狭義の緩和は、StageDで心臓移植の適応や植え込み型LVADの適応がないような重症心不全患者に対しての症状緩和である。
私は、若い医師(6-8年目くらい)が心不全の緩和に興味を持ち、実践していったり、時には広報していく姿をみていた。私の中では、特に狭義の緩和に関しては、心不全の治療を正しく評価し実践したうえで、それでももう選択できる治療がないと判断されたときに、緩和を選択するという形をとるため、重症を含めた心不全の治療に精通した医師が判断するべきであろうという思いはある。しかし、一方で、そんな専門家が日本に何人いるのか。患者さんが緩和的な医療を受けられず、しんどいまま反応しない治療を続けられたまま亡くなっていくほうが問題であろうと考えている。狭義の緩和にこだわるあまり、緩和的な医療を含めた緩和医療の広がりを止めることは適切ではなく、緩和の概念が広がるほうが重要であろうと2015年頃に思ったことがあった。
モルヒネの静注やフェンタニル、プレセデックスなどの点滴静注を保険の範囲内ではあるが、適切に使用されたり、チームとしての精神的なサポートなど、狭義の緩和だけではない、広義の症状緩和医療が、急性期を含むあらゆるステージの患者に対して、できるだけ症状に苦しむことが少ない状態で治療が進んでいくことを切に願う。
第30回 : 代償性心不全と非代償性心不全
ポイント
- うっ血・低灌流症状があり不安定な状態を非代償性心不全、治療により症状なく日常生活が可能な安定状態を代償性心不全と呼ぶ。
- 多くの急性心不全入院は、新規発症ではなく代償性心不全の急性増悪(非代償化)である。
- 非代償化から代償化しても心不全自体が治癒したわけではなく、水分バランスがとれ、症状が緩和されただけのことが多い。また、繰り返すたびに代償化が困難になりStageDへ移行していく。
- 特に初発の心不全の患者は、代償期になれば、治ったと考える場合があり、あくまで水分のバランスがとれいているだけの状態であり、日常生活を含め注意が必要であることを伝える必要がある。
心不全経過のイメージ
心不全の慢性的な経過はなだらかな下降曲線として描かれるが、その中には突然死につながる事態や、入院に近いレベルまで不安定化する局面が繰り返し訪れる。これらの局面は経過が進むほど頻度が増し、回復までの期間も長くなる。心筋梗塞や致死的不整脈による急変はStageB・C・Dいずれでも起こりうり、心不全患者では致死的不整脈が起きやすく自然停止しにくいため、突然死のリスクが高まる。
代償性心不全と非代償性心不全の定義
うっ血や低灌流の症状があり不安定な状態を非代償性心不全という。これを利尿薬などで治療し、内服治療を中心にうっ血症状なく、その人の心機能から予想される程度の日常生活を症状なく送れている状態を代償性心不全という。
実際には、多くの心不全入院は新規発症ではなく、代償性心不全が非代償化したものである。元気な人が心筋梗塞や心筋炎で突然心不全になるケースは割合としては少なく、多くの急性心不全は、怠薬、上気道感染や心房細動などの不整脈をきっかけにバランスを崩した「慢性心不全の急性増悪」である。
初回非代償化と「心不全が治った」という誤解
多くの代償性心不全患者は、初回の非代償化(急性増悪)時に初めて心不全と診断される。これは特に高齢者心不全に多い。自覚症状のないままStageBを過ごし、感染などの誘因や自然経過で閾値を超えて非代償化することが多いためである(心筋炎や冠動脈解離など、直前まで動脈硬化もなく健康だった人が突然重篤な心不全を発症するケースはかなり少数派)。
一度目の非代償状態はたいてい代償化でき、症状が安定した慢性心不全として経過する。このため多くの患者が「心不全が治った」と誤解しがちであるが、特殊な原因による心不全を除き、心不全自体が治癒することはない。あくまで非代償状態から代償状態に移行しただけである。
非代償化の再発とStageDへの移行
他の病気で死亡しない限り、いつか2回目の非代償化が訪れる。経験的には初回から1〜2年以内に起こるかどうかが一つの目安で、2年間起こらなければその後の非代償化はかなり遅れる印象がある(あくまで臨床的な印象)。非代償化を繰り返すたびに代償化は困難になり、最終的には非代償状態から抜け出せなくなる。これがStageDの状態であり、StageCの間に代償化と非代償化を繰り返しながら徐々にStageDへ移行していく。
第31回 : 運動耐容能;心不全重症度を最もよく反映する指標
ポイント
- 心不全の重症度を最も反映する指標は運動耐容能であり、HFpEF・HFrEFなど病型を問わず共通して評価できる。
- 運動耐容能の評価法には
①NYHA分類
②Mets
③6分間歩行距離
④CPX (peakVO2)
の4つがある。
うっ血症状が先行し、低灌流症状は重症例に限られる
心不全の症状はうっ血による症状と低灌流による症状に分けられるが、低灌流症状が単独で初発することはなく、それなりに進行した重症心不全でみられる。初期に出現するのはうっ血症状であり、安静時には出なくても階段昇降など労作時に同年代より早く息が上がる、ゆっくりとしか運動できないといった訴えとして現れる。
うっ血症状がコントロールされている重症心不全患者でも、運動中に手足が冷たくなり低灌流を疑う所見が出る場合、そのレベルの運動を継続するのは困難である可能性が高い。このような労作時の反応は心不全の重要な指標の一つとなる。
運動耐容能という統一的な重症度指標
心不全の重症度を最も反映する、最も重要といえる指標が運動耐容能(どれだけの運動に耐えられるか)である。評価法には①NYHA class分類、②Metsを用いた最大運動量の単位化、③6分間歩行距離、④CPX(心肺運動負荷試験)で測定されるpeakVO2(最大酸素摂取量)がある。
HFpEF(駆出率は保たれるが拡張機能障害による心不全)やHFrEF(収縮機能が著しく障害された心不全)など、原因や分類によらず心不全に共通する指標が運動耐容能である。運動耐容能が良ければ、その時点での心臓単体ではなく、全身としての重症度は低いと判断してよい。心エコーや血液検査の結果よりも、心臓の拡張・収縮機能と全身組織の酸素需給ギャップの有無を直接反映する運動耐容能が、最良の心不全指標である。
第32回:NYHA心機能分類とMets
ポイント
- NYHA分類は日常生活のどの活動レベルで症状(倦怠感・呼吸困難・息切れ・胸痛)が出るかを4段階(IIIはさらにs/mに細分)で評価する、簡便かつ臨床的に有用な指標である。
- NYHAは最大限治療した安定状態での症状を表すべきであり、経過の表現にも使いやすい。
- Metsは酸素消費量を基準とした運動強度の単位で、1Mets=安静座位時の酸素摂取量であり、日常活動の運動強度を定量化できる。
NYHA(New York Heart Association)心機能分類
日本の循環器診療で「NYHA」と言えばこの分類を指す。患者が日常生活のどの程度の活動で息切れなどの症状を訴えるかを評価したもので、臨床的には「NYHA Iです」「NYHA IVです」というように使用する。予後との関連で重要なのは、最大限の治療を行ったうえで、その患者として最も安定している状態での症状である。
NYHA機能分類
NYHA I:心疾患はあるが身体活動制限なし。日常的な身体活動で著しい疲労・動悸・呼吸困難・狭心痛を生じない。
NYHA II:軽度の身体活動制限。安静時無症状だが、日常的な身体活動で疲労・動悸・呼吸困難・狭心痛を生じる。
NYHA III:高度な身体活動制限。安静時無症状だが、日常的な身体活動以下の労作で症状を生じる(中等度制限のIIIs、高度制限のIIImに細分)。
NYHA IV:いかなる身体活動も制限される。安静時にも心不全症状や狭心痛があり、わずかな労作で増悪する。
運動負荷検査は安定している状態でないと実施できないため、NYHA分類はおおざっぱではあるが日常生活下で評価できる有用な指標である。「退院時から半年程度はNYHA II程度で経過したが、下腿浮腫の出現とともにNYHA IIIに移行し、昨晩起座呼吸となり緊急入院となった」というように、症状の経過を表現する際にも便利に使用できる。
Mets(メッツ)による運動強度の単位化
Metsは日常生活の運動量を酸素消費量を基準に数値化した単位である。1Metsは70kgの男性が座位安静時に必要とする酸素摂取量と定義され、2Metsの労作は座位の2倍の酸素を必要とする運動を意味する。
厚生労働省の身体活動のエクササイズ数表によると、普通歩行(平地、67m/分)は3.0Mets、通勤時の歩行(81m/分)は3.3Mets、やや速歩(94m/分)は3.8Mets、速歩(95〜100m/分)は4.0Metsとされる。水泳ではゆっくりしたストロークが6.0Mets、背泳が7.0Mets、平泳ぎが10.0Mets、バタフライ・クロールが11.0Metsとなる。
第33回 : Borg-scaleと6分間歩行距離(6MWD)の実施法と解釈
本稿のポイント
- 6分間歩行距離(6MWD)は30m以上の直線廊下で実施でき、SpO2・心電図モニタリング下に6分間の歩行距離(m)を測定する客観的な運動耐容能評価法である。
- 修正Borg scaleで自覚的な呼吸困難・下肢疲労感を併せて評価し、15分以上の休憩を挟んで2回測定し良い方を採用する。
- 400m未満は予後不良の目安(peakVO2 14に相当し心臓移植適応となるレベル)とされ、低いほど予後不良が報告されている。
6分間歩行距離(6 Minute Walk Distance, 6MWD)の概要
歩行という日常的動作を用いて心肺機能の運動耐容能を評価する検査で、6分間にどれだけの距離を歩けるかをメートル単位で評価する。30m以上の直線廊下があれば実施可能だが、心不全患者ではSpO2モニターと心電図モニターを無線でフォローできる体制が必要である。
心不全患者は呼吸器疾患患者と異なり労作だけでSpO2が低下することは少ないが、呼吸器疾患合併例(特に高齢男性)や低拍出状態が併発している場合は低下することがある。
一般にSpO2 88%以下で中止とされるが、心不全患者では3%程度の低下で中止する方が安全である。
実施手順
スタート位置の椅子で10分程度安静にし、その間も心電図・SpO2モニタリングを継続して不整脈を確認、血圧・脈拍を測定したうえで検査を開始する。検査前に修正Borg scale(0:感じない〜10:非常に強い、の11段階で呼吸困難・下肢疲労感を評価)を確認する。安静時でも0.5程度のスコアを示す心不全患者もいる。
血圧・脈拍・Borgスコアを確認後、30mの距離を往復で歩行してもらう。1分ごとに「残り5分です」などの声掛けを行い、15秒前に最終声掛けを行い、6分時点で停止して血圧測定、Borgスコア確認、距離記録を行う。15分以上の休憩を挟んで2回測定し、良い方の記録を採用する。
結果の解釈
一般成人の参考値は65〜69歳で男性620m、女性570m程度とされる(文部科学省調査)。心不全患者の平均値は重症度により大きく異なるが、400m未満は予後不良の指標とされ、距離が短いほど予後が悪いと多数の論文で報告されている。
400mという距離は、おおよそCPXのpeakVO2 14に相当する(Sharma R, Anker SD. Eur Heart J. 2001;22(6):445-8.)。peakVO2 14は心臓移植が必要なほど心機能が低下しているレベルを意味する重要な閾値である。
第34回 : CPX(心肺運動負荷試験)とpeakVO2
ポイント
- CPXは運動中の酸素摂取量・二酸化炭素排出量を同時測定し、最も客観的な運動耐容能の指標とされる。
- 評価項目は多岐にわたるが、臨床的にはまずpeakVO2(最高酸素摂取量)を評価することが最も重要である。
- AT(嫌気性代謝閾値)は重症心不全ほど判定が困難になるため、無理に解釈しようとせずpeakVO2を中心に評価するのが実用的である。
CPX(CardioPulmonary eXercise test)の基本用語
peakVO2(最高酸素摂取量):運動負荷中に最も多かった1分あたりの酸素取り込み量。通常運動の最後に最大となり、心拍出量と相関するため運動中の心拍出量を反映する指標と考えられる。(maxVO2は運動強度を上げてもVO2がそれ以上増加しない値で、主にアスリートなど健常以上の人の評価に用いる。心不全患者がmaxVO2に達することはまずない)
VCO2(二酸化炭素排出量):酸素摂取量よりやや低い値(75〜90%程度)を取る。運動強度を上げるとVO2・VCO2は当初比例して増加するが、ある時点でVCO2の相対的増加が大きくなる。換気効率(VE/VCO2、換気量に対する二酸化炭素排出の割合)も評価指標の一つで、効率の良い換気では値が低くなる。
AT(Anaerobic Threshold、嫌気性代謝閾値):運動強度を上げていくとミトコンドリアを介さない嫌気性代謝が始まり、乳酸が生成される。乳酸(酸)を中和するため呼吸から二酸化炭素(水に溶けると弱酸)を排出して血液を中性に保とうとする。呼気中のCO2が酸素に対して増加し始める時点の酸素摂取量をATという。
臨床的に最も重要なのはpeakVO2
CPXは運動耐容能を最も客観的に評価できる検査とされ、運動中の酸素取り込みと二酸化炭素排出を同時測定することで、運動が全身にどれだけ負荷となっているか、心臓が運動時にどれだけパフォーマンスを上げて対応できているかを評価する。
CPXでは多くの項目が評価可能だが、臨床上最も重要なのはpeakVO2である。ATや換気効率なども重要だが、解釈に難しさを感じるよりは、まずpeakVO2をしっかり評価することを意識するのが実用的である。
ATは心不全が重症化するほど判定が困難になり(候補点が複数出る、AT到達前に運動が終了するなど)、逆に明確にATを判定できる場合は心機能が比較的保たれている可能性がある。
似たような指標としてmaxVO2があるが、これは運動負荷量を増やしてもVO2が増加しない状態であり、アスリートかそれに近い健常人でなければ、みられない指標である。
検査実施時の注意点
検査では本当に限界近くまで負荷をかけることと、マスクのフィット状態を常時確認することが重要である。マスクのずれにより酸素がそのままマスク内に流入し、酸素・二酸化炭素濃度が突然変化することがあるため、VO2・VCO2の値とマスクの状態を常にチェックしながら検査を進める必要がある。
第35回: 僧帽弁閉鎖不全症を血行動態的に考察する
ポイント
- 僧帽弁逆流は低圧系(左房)への駆出だが、通過する流路である弁の孔(有効弁口面積約0.4cm2、重症大動脈弁狭窄症に相当)の部分で高い後負荷を生むため、「低圧系への逃げ」という理解は誤りである。
- 僧帽弁閉鎖不全の改善で心拍出量が増えるのは、もともと心拍出量が全身の酸素需要を満たせていなかった症例に限られる。手術による改善の主な意義は、拡張末期容積/圧の低下であり、低心拍出状態にある場合ならば、その改善にある。
- Sorajjaらの報告によれば、MitraClip急性期では後負荷は上がるが収縮性は保たれ、逆流減少により心係数と前方拍出が増加する。心臓の消費総エネルギーはほぼ不変で、効率が改善すると報告されている(Sorajja P, et al. Circulation. 2013;127(9):1018–1027. )。つまり、無駄に消費されていた逆流分のエネルギーを前方への駆出に回せるようになり、心拍出量が足りなかった状態から脱却したと考えられる。
- 機能性僧帽弁閉鎖不全症は、弁の長さと弁輪の大きさの関係、左室長軸方向収縮障害(乳頭筋と弁の距離が収縮期に短縮しない)などが原因となるため、構成要素の3次元的な位置関係も重要である。
前提となる心室容積・心拍出量の関係式
本稿の考察は以下4点を前提とする。
①心室収縮末期容積は収縮性と後負荷(収縮に対する全抵抗)で決まる。
②心室拡張末期容積は収縮末期容積に1回心拍出量を加えたものである。
③心拍出量は全身の酸素需要量で規定されるが、低心機能で酸素需要を満たせない場合は、心機能による規定される。
④1回心拍出量は心拍出量を心拍数で除した値であり、心拍数は自律神経により最適化されている
(不整脈がない状態を仮定)。
僧帽弁逆流は「低負荷への逃げ」ではない
僧帽弁閉鎖不全症では、左室の駆出方向が大動脈弁方向(体循環)と僧帽弁方向(左房への逆流)の2方向になる。ここで「左房への逆流は低圧系への駆出だから、これがなくなると心臓に過負荷がかかる」という理解は誤りである。
本来完全に閉じるはずの僧帽弁にできるわずかなギャップ(重症僧帽弁閉鎖不全でも弁口面積約0.4cm2、これは重症大動脈弁狭窄症と同等)を通して血液が駆出されるため、左房自体の圧が低くても通過する孔のサイズのため、低負荷というわけではない。
重症の目安となる逆流量50%の時、左室の拍出のうち、大動脈弁方向と僧帽弁方向への血流量は同じということである。非常に簡単に考えると、左室との圧較差や通過する面積のサイズなどをすべて含めた流量を決定する抵抗のような値が同じということになる。
逆流改善による心拍出量への影響
僧帽弁閉鎖不全が改善すれば、大動脈弁方向の有効な心拍出量が”必ず”増えるという理解も正確ではない。全身の酸素需要が既に心拍出量で満たされている場合、有効な心拍出量が増える必要はなく増加しない。
一方、心機能低下により心拍出量が全身需要を満たせていない場合には、僧帽弁閉鎖不全の改善によって心臓のパフォーマンスが向上し、需要を満たすレベルまで心拍出量が増加する可能性がある。
実際には、手術適応となるような患者では、全身の需要を満たす拍出をできていない状態になっている可能性は高く、術前後で、有効な心拍出量が改善する可能性は高い。
僧帽弁治療後の心拍出量、収縮性、後負荷について
僧帽弁閉鎖不全を治療した場合に、左室全体の拍出量は、大動脈方向への血流がよほど増えない限り、逆流分がなくなるので全体としては減少する。
また、大動脈方向への構造的な部分による後負荷(抵抗値)は変わらず、弁を修復しただけであれば、収縮性に影響は与えず不変である。
収縮性と後負荷が変化がないのであれば、収縮末期容積(径)は変化ない。
心機能が良好な心臓に対する手術後の理論上後負荷・収縮末期容積に変化はないが、術前に低心機能で循環血流量を十分に満たせていない場合には、大動脈弁方向への血流量は増加する。
例えば、逆流率50%の場合、左室全体の拍出を100mlとし、逆流50ml、大動脈弁方向50mlとなり、術前に低心伯状態がなければ、そのまま左室の拍出量は大動脈弁方向の50mlと変わらないが、低心拍出があった場合、術後60mlなど少し高い数値となる。この時に、血流が増加すると後負荷は増加するので、左室収縮末期径が増大する可能性はある。 (この部分の推定される理論は下記に)
拡張末期容積は、収縮末期容積に一回心拍出量を加えたものであるが、逆流を改善することで、例え多少大動脈方向へ血液を駆出する血液が増えたとしても、左室全体の心拍出量は術前後で大きく減少するため、収縮末期容積の増加がよほどの状態でない限り、左室の収縮末期容積に1回心拍出量を加えた拡張末期容積は術前よりも減少する。
(逆に、このため、理論的に逆流改善後に、拡張末期容積が術前よりも大きくなることはありうる)
MitraClip後は「収縮性不変・後負荷上昇・forward CO改善」
動物実験では急性期効果として、術後afterloadは増加するも、有効循環血流量は増加するという結果がえらえている。(Spratt JA, Olsen CO, Tyson GS Jr, Glower DD Jr, Davis JW, Rankin JS. Experimental mitral regurgitation. Physiological effects of correction on left ventricular dynamics. J Thorac Cardiovasc Surg. 1983 Oct;86(4):479-89. PMID: 6621079. )
また、MitraClipによる経皮的僧帽弁修復術の急性期血行動態については、圧容積ループを用いた詳細な解析が報告されている。 (Sorajja P, et al. Real-time left ventricular pressure-volume loops during percutaneous mitral valve repair with the MitraClip system. Circulation. 2013;127(9):1018–1027. doi:10.1161/CIRCULATIONAHA.112.135061)
このPVループ解析では、MitraClip後に左室収縮末期壁応力(end‐systolic wall stress:本稿での後負荷)が有意に増加し、拡張末期壁応力は低下する一方、end‐systolic pressure–volume relationship(ESPVR:本稿での収縮性)はほとんど変化せず、左室収縮性そのものは保たれていると結論づけられている。
同時に、心係数は平均で約 2.6 から 3.2 L/min/m²へと増加し、平均肺毛細管楔入圧( ≒左室拡張末期圧)は低下しており、「後負荷(圧負荷)は上昇しているにもかかわらず、forward の心拍出量はむしろ改善する」という、一見矛盾するような現象が観察されている。
さらに、圧容積面積(pressure–volume area)によって評価される総機械エネルギーはほぼ不変で、同じエネルギー量でより大きな forward output を得ている、すなわちポンプ効率が改善していると解釈される。
このように、MitraClip後の急性期は「収縮性は維持され、後負荷は上昇し、それでもforward COは増える」という、従来の“afterload 増加=必ず CO 低下”という単純なイメージでは説明しきれない血行動態変化を示している。
本稿の考える血行動態変化の理由
本稿での考えとしては、まず逆流が減少し、それだけ大動脈方向への血流(循環血流)を増やす方向にエネルギーを使えるようになったと理解する。その時の心臓が出せるエネルギー量では僧帽弁方向への血流というエネルギーロスもあり、十分な循環血流を駆出できない状態から、逆流の消失・減少でエネルギーロスがなくなり、トータルとしては同じエネルギーでも、そのエネルギーは循環血流に使用できるため、十分な循環血流を駆出できる状態となったと考える。
つまり、まず、心拍出量の増加が起こったと考える。
続いて、大動脈方向への構造的な抵抗が一定であれば、通過血流が増加することにより、収縮後期になれなばるほど駆出された血液によって作られる後負荷は増加する。(上記に戻る)
(注射器などで、同じ管に30mlの水を押し込むより、60mlの水を追い込むほうが抵抗は強い)
つまり、”後負荷が増えたのに、心拍出量が増えた”のではなく、”逆流という無駄なエネルギーが、順行方向への有意義なエネルギーに振り替えられることで、心臓にとってはエネルギーが同じにもかかわらず心拍出量を増やすことができるようになった”。ついで、その結果として、後負荷が増加したということと理解できる。
私が考えるもう一つの理由としては、心臓の中の血流とエネルギーロスという観点である。
心臓の中の血流そのうち「フローパターンの変化」が後負荷の一部を規定しうる、という視点から考察を試みる。
(このフローパターンの変化が、血行動態にどの程度の影響を与える数値であるかは不明)
心臓の中の血流のうち「フローパターンの変化」が後負荷の一部を規定しうる可能性
MitraClipによって僧帽弁逆流を閉鎖すると、左室が駆出できる出口は事実上「大動脈方向のみ」になる。
これまで逆流ジェットとして左房側へ抜けていた血流が消失するため、左室から見れば出口の数が減り、その分「圧をかけて押し出すべき方向」が大動脈に集中することになる。
ここで注目したいのが、後負荷の中に含まれる「フローパターン由来のインピーダンス」である。
心筋は心尖部から心基部方向へと搾り上げられるように短縮し、その動きに伴って血流も心尖から基部へ押し出される。
出口が2つ(大動脈とMRジェット)ある状況では、基部方向にさえ向かえば、血流は相対的に流れやすい方の穴へ分配されるため、左室全体としては“低いトータルインピーダンスで”駆出を完了することができる。
一方、MitraClipでMRを閉じると、この「僧帽弁方向への出口」が消えて、大動脈弁だけが唯一の出口になる。
すると、これまで僧帽弁方向へ向かっていた成分の一部は、基部近傍で行き場を失い、局所的な渦や非効率なフローとして左室内にとどまる可能性がある。
完全な盲端とまではいかないものの、「出口まで届かない流れ」が増えることは、流体力学的にはエネルギー損失や局所的な圧損の増加、すなわちフローベースのインピーダンス増大として扱うことができる。
このように考えると、MitraClip後に観察される「後負荷増加」の一部は、単純な平均駆出圧や壁応力の増加だけでなく、左室内のフローパターンが変化することによる追加の抵抗成分が寄与している可能性がある。
理想的には、MRあり/なし双方の状態で3次元フローシミュレーションを行い、局所的な速度場や渦構造からエネルギー損失や有効インピーダンスを算出し、侵襲的に測定された後負荷指標と比較することで、この「フロー由来の後負荷成分」を定量的に評価することができるはずではある。
現時点では、こうしたフロー解析は主に拡張期流入や渦形成を対象とした研究が中心であるが、収縮期の駆出フローパターンを含めた解析が進めば、MitraClip後の急性期に見られる「後負荷増加」と「forward CO改善」という一見矛盾する現象を、フローダイナミクスの観点からより包括的に説明できる可能性がある。
実際、Sorajjaらのデータでも収縮末期容積は57mLから84mLへと有意に増加している。これはESPVR(収縮性)が不変であった以上、後負荷(壁応力)の上昇分がそのままESVの増加として現れたと解釈でき、2方向から1方向への出口減少に伴うフロー由来のインピーダンス増大という本稿の仮説と整合的である
拡張末期容積・拡張末期圧への影響と急性期効果の意義
逆流率50%の場合、術後に左室にとっての駆出する心拍出量が50%低下するため拡張末期径は減少し、それに伴う拡張末期圧の低下度は心臓の拡張機能の良し悪しに依存する(拡張機能が良好ならほとんど低下せず、不良なら大きく低下する)。
僧帽弁閉鎖不全の急性期治療効果として期待されるのは、
①逆流分の拡張末期容積縮小による拡張末期圧の低下
②心臓が規定していた低心拍出状態の改善
の2点である。逆に拡張機能が非常に良好で、安静時・労作時ともに僧帽弁逆流による拡張末期容積拡大があっても拡張末期圧が全く上昇しない患者で、簡単に言うと無症候性の状態であり、この状態では、逆流改善による症状改善効果はなく、急性期効果はほぼゼロである。
慢性効果としては、左室容積縮小による心臓全体の仕事量減少が慢性的な過負荷を取り除き、収縮性改善につながる可能性があるため、急性期効果が乏しい患者でも慢性期の心負荷軽減効果が期待されれば、僧帽弁閉鎖不全を治療する意義はあると考えられる。
補足:
「1回拍出量(流量)が増えると後負荷が増える」という現象には、独立した2つの経路が関与しており、これらを区別して理解する必要がある。
本当に簡易的にイメージするなら、同じ管に同じ時間で血液を100ml入れるよりも、50ml入れるほうが容易であるということではある。
以下に詳細を述べるが、いったん記事に戻ってもらうほうが良いとは思う。
経路①:抵抗(R)による経路 — 粘性に依存
- 定常流の関係式 ΔP=Q×R において、Rは血液の粘性に由来するPoiseuille抵抗(R∝8ηL/πr4)。
- 同じ末梢血管抵抗Rのもとで流量Q(1回拍出量)が増えれば、その分だけ上流側(左室・大動脈基部)の圧を高くしなければ同じ流量を末梢へ押し出せない。
- これは本稿第9回補足のEa ≈ TPR × HR (Pes≈CO×TPR)という式そのものであり、血管が伸展性を持たない硬い管であっても成立する。つまりこの経路は血管の拡張・非拡張とは無関係に、平均圧の上昇のみを説明する。
経路②:コンプライアンス(C)による経路 — 粘性と無関係
- 動脈は弾性を持つリザーバー(Windkesselモデルの容量成分)であり、流入した血液量(体積)そのものに応じて内圧が決まる(C=dV/dP)。
- この関係は血液が粘性を持つかどうかとは無関係に成立する。非粘性の理想流体であっても、体積が増えれば弾性壁は外側に押し広げられ、圧は上がる。
- 「大動脈の径が拡張する」という現象を直接説明するのは、実はこちらの経路である。
両者の違いのまとめ
| 経路①:抵抗(R) | 経路②:コンプライアンス(C) | |
|---|---|---|
| 由来 | 血液の粘性(ずり応力) | 血管壁の弾性 |
| 粘性への依存 | あり | なし(理想流体でも成立) |
| 直接説明する現象 | 流量に応じた平均圧の上昇 | 容積増加に応じた血管径の拡張・収縮期圧上昇 |
| 血管が非弾性(剛体)でも成立するか | する | しない(コンプライアンスが前提) |