外来をやっていると、内科の隣のブースから「健康診断で中性脂肪が高いですね。このままだと脂肪肝になって、動脈硬化が進むので治療しましょう。パルモディアという中性脂肪を下げる薬をだしますね」という同僚医師の声が聞こえてきました。
それぞれの医師に、それぞれの方針があるので、とやかく言うつもりはありませんが、私は中性脂肪はよほど高くなければ薬剤による治療は必要ないと考えています。
というのも、中性脂肪を下げるとよいというデータがほぼないというのが理由です。
動脈硬化の原因として高中性脂肪の影響はかなり弱いとされ、中性脂肪に対する薬物治療により脂肪肝・動脈硬化が抑制されたというデータはほぼありません。
先天的なものを除いて、高中性脂肪の原因であるインスリン抵抗性などが動脈硬化を引き起こす(注)ので、そこに対する介入は重要です。表面的な中性脂肪ではなく根本であるインスリン抵抗性を断つ必要があるという感じです。
介入としては、生活習慣・減量・薬物治療(疾患によってSGLT2阻害薬はGLP1刺激薬、ピグリタゾン、メトホルミンなど)が重要だと考えています。
このような立ち位置をとるような背景を順番にお話ししていこうと思います。
(注):動脈硬化の最も早期の変化をインスリン抵抗性と捉えるほうがよいので、インスリン抵抗性が動脈効果を引き起こすというよりも、生活習慣の悪化などがインスリン抵抗性を惹起し、それは動脈硬化の初期段階であるというほうが適切だとは思います。
ただ、こちらのほうがわかりやすいかと思い、ひとまずこのように記載しました。
高TGと脂肪肝・動脈硬化:まずは“相関”の話
観察研究レベルでは、次の3点はかなり一貫している。
- 高TGの人ほど、非アルコール性脂肪肝(NAFLD)の有病率・発症率が高い。
- NAFLDの人ほど、冠動脈疾患や脳卒中などの動脈硬化性イベントが多い。
- TG高値自体も、他因子調整後でも心血管イベントと関連するという報告が多い。
このレベルだけを見ると、たしかに「高TG → 脂肪肝 → 動脈硬化」という因果ストーリーはそれなりに説得力がある。
ただし、ここで止まると「統計的な相関」と「因果」を混同してしまう。
高TGと脂肪肝は“因果”なのか、“共通原因”なのか
高TGと脂肪肝の関係を少し厳密に整理すると、次のような構図になる。
- 共通原因モデル 肥満、内臓脂肪、インスリン抵抗性、過栄養といったメタボ環境がまずあり、それが
- 肝への脂肪酸流入増加+de novo lipogenesis亢進 → 肝内TG蓄積(脂肪肝)
- VLDL増加など → 血中TG高値 を同時に生み出す。
- 部分的因果モデル 最近のメンデルランダム化などでは、TGやTyG indexがNAFLDの“因果的リスク因子”と解釈できる結果もあり、「完全に共通原因だけ」では説明しきれない部分もある。
- 双方向性 NAFLDになるとVLDL過剰産生や脂質代謝異常が起こり、逆に血中TGが上がる方向にも働く可能性がある。
これらを合わせると、
- メタボという共通土台が大部分を説明しつつ、
- その中でTG/TyGが一部の経路として脂肪肝形成に寄与し、
- さらにNAFLD側からTGを押し上げるフィードバックもある
という「共通原因+部分的因果+双方向」というかなりややこしい関係になる。
したがって、臨床的には
- 「高TGと脂肪肝は強く相関している」
- 「高TGはNAFLDのリスクマーカーであり、病態経路の一部として関与している可能性が高い」
- ただし“主犯”はあくまで肥満・インスリン抵抗性・生活習慣
という理解が現実的だと考えた方がよい。
TGを薬で下げれば脂肪肝や動脈硬化は良くなるのか?
ここが臨床的には一番重要なポイントで、「因果っぽい相関」が本当に治療ターゲットになり得るかどうか、という問題。
結論だけ先に書くと、
- EPA(イコサペント酸)を除き、純粋なTG低下薬には、脂肪肝や動脈硬化の“決定的な治療効果”は示されていない。
- EPAですら、イベント抑制効果のかなりの部分はTG低下以外のメカニズムが疑われており、「TGを下げたから効いた」とは言いにくい。
具体的には:
フィブラート系(ベザ、フェノ、ペマフィブラートなど)
- 古いRCTやメタ解析では、「非致死的MIがやや減るかもしれない」程度のシグナルはあるが、全死亡・心血管死亡・主要複合イベントを一貫して減らすほどのエビデンスはない。
- スタチン併用が標準となった時代の大規模試験(PROMINENTなど)では、
- TGをしっかり下げても、
- 主要心血管イベントは全く減らない という“見事な陰性結果”。
→ 「TGを30%下げたのに、イベントは1%も動かなかった」という世界で、TG低下=イベント予防とは言えない。
ニコチン酸(ナイアシン)
- 古い時代の試験では一部で有効性が示唆されたが、近年の大規模試験・メタ解析では、スタチン併用下で心血管アウトカムの上乗せ効果は否定的。
- 副作用(血糖悪化、皮膚フラッシングなど)も無視できず、多くのガイドラインで「ルーチンには推奨されない」扱い。
その他オメガ3製剤(EPA+DHA配合など)
- REDUCE-ITで有効だったのは高用量・高純度EPA。
- EPA+DHA配合のSTRENGTHなどは、TGは下がったがイベントは減らず陰性。
- 「TGが下がるかどうか」と「イベントが減るかどうか」は分離して考える必要がある。
脂肪肝(NAFLD)に対するTG低下薬
- フィブラートなどは、動物モデルや小規模試験で肝脂肪や炎症改善の報告はあるものの、線維化や長期予後をしっかり改善するような決定的RCTはない。
- 現行ガイドラインでも、NAFLDの第一選択治療はあくまで「生活習慣・減量」であり、TG低下薬はNAFLD治療薬としては位置づけられていない。
このあたりまで押さえると、
「もし高TGが本当に主犯なら、TGを薬で下げれば脂肪肝も動脈硬化もかなり改善しているはずだが、現実にはそうなっていない」
という点が非常に示唆的に見えてくる。
なぜTGを下げても病態があまり動かないのか?
理由はいくつか考えられる。
- 病態の“上流”が別にある 肥満・内臓脂肪・インスリン抵抗性・過栄養などが根っこにあり、TGはその結果として上がっているにすぎない。TGだけをいじっても土台は変わらない。
(感染の時に、CRPを下げる薬を投与しても感染自体が治らないのと同じ感じ) - NAFLDの後半は“脂肪量より線維化”が支配的 進行したNAFLDでは、脂肪量と線維化が必ずしもパラレルではなく、TGを下げたり脂肪を多少減らしても、線維化・炎症が残れば予後はほとんど変わらない。
- TGは「悪いもの」だけではない TGは毒性の強い脂肪酸を中性脂肪として“貯蔵して無毒化する”側面もあり、TG低下だけを追いかけることが必ずしも良いとは限らない、という議論もある。
その一方で、
- 体重を7–10%以上落とすような食事+運動
- GLP-1受容体作動薬やSGLT2阻害薬、ピオグリタゾンなど、インスリン抵抗性や体重・血糖を大きく改善する薬
では、肝脂肪・炎症・線維化の改善や心血管アウトカムの改善が繰り返し報告されている。
つまり、「TGをターゲットにしても病態はあまり変わらないが、上流(肥満・インスリン抵抗性・生活習慣)を叩くと NAFLD も心血管リスクも一緒に下がる」という構図になっている。
「TGだけ下げる薬」をどう評価すべきか
この一連の検討から得られる結論は、かなりシンプルだ。
- 現時点のエビデンスでは、
- EPA(しかも特定条件下)を除き、
- 「TGだけ」を下げる薬に、脂肪肝や動脈硬化を明確に改善する強いエビデンスは乏しい。
- にもかかわらず、「中性脂肪が高い → 脂肪肝・動脈硬化になるから TG を薬で下げましょう」という説明だけで処方を正当化するのは、私は正しくはないと思っている。
もちろん、例外的なケースはある。
- 極端な高TGで急性膵炎リスクが高い場合には、TG低下そのものに明確な意味がある。
- スタチン最大量・生活習慣介入をやりきってもなお高TGが残る超高リスク症例では、「エビデンスは弱いが、これ以上できることがあまりないので補助的に使ってみる」という判断も、患者と十分に共有したうえならあり得る。
しかし、一般的な脂質異常症患者に対して、
- 主要評価項目が陰性の薬を、
- サブ解析や副次評価項目だけを根拠に、
- あたかも動脈硬化や脂肪肝の“根本治療薬”かのように処方するのは、
少なくとも「エビデンスに誠実な態度」とは言い難い。
現時点での自分なりのまとめ
一連の考察を、自分なりの一文にまとめるとこうなる。
- 「中性脂肪は上がっていても放置でよい」という話ではないが、
- 「中性脂肪だけを薬で下げれば脂肪肝や動脈硬化が治る」というのは、エビデンス的に支持されない。
- 真に治療すべきターゲットは、肥満・内臓脂肪・インスリン抵抗性・生活習慣であり、その結果として TG も含めた代謝異常が一緒に改善していく、という順番で考えるべき。
臨床の現場では、「高TG → 脂肪肝 → 動脈硬化」というわかりやすいストーリーに乗せられがちだが、一歩引いてデータを見ると、「TG低下薬ありきの治療」はかなり弱い足場の上に立っている。
むしろ、患者に対しては、
- まずは体重・食事・運動という本質的な話をきちんとすること
- 薬を使うなら、LDL低下や体重・血糖・血圧など、アウトカムエビデンスがはっきりしているものを優先すること
- TG低下薬を使うときは、「エビデンスの限界」と「自分が何を期待しているか」を患者と共有すること
このあたりが重要なのではないかと思っている。
