はじめに
私、個人的に、株式会社刀の森岡毅氏のファンなんです。 著書も全部ではないですが、数冊拝読しましています。最近でも「心に折れない刀を持て」を読了し、私の中の小さな狼が疼いてしまい、抑えるのに苦労しました。
ジャングリアに関しては、いろいろ言われていますが、私としては、始まったとこやないかという感じで、まだ評価するには早いだろうと思っています。
その森岡さんの仕事で、西武園遊園地の減損処理を持ち出して、コンサルティング失敗だと評価される記事をみて、それは違うだろうと思ったので、少しまとめてみました。
M&Aにかかわったことはあるものの、会計の専門家ではないので、あくまで私が調べて思ったことをまとめたということになります。
西武園ゆうえんちのコンサルティングの概要
2021年、西武園ゆうえんちは大規模リニューアルを実施し、総額100億円を投じて生まれ変わりました。このマーケティングを担ったのが、USJをV字回復させたことで知られる森岡毅氏率いる 株式会社 刀です。
昭和レトロを再現した「夕日の丘商店街」や「ゴジラ・ザ・ライド」が話題を集め、リニューアル直後にはチケット売上が13倍になったと報道されました。来場者も増え、現場レベルでは成功といえるスタートを切っています。
西武園ゆうえんちが古さを売りにして大成功。「入園口」を減らした意外なワケとは:livedoor News
そのような中2023年、西武ホールディングスは 73億円の減損処理 を発表。
「せっかく100億円かけたのに、もう失敗なのか?」
「刀の戦略は間違っていたのでは?」
そんな見方が広がりました。
しかし、減損処理は「失敗」を意味するものではなく、私は背景に運営会社の変更 や 税務戦略 といった要素が絡んでるように思います。
この辺りについて、刀側から理由の説明などがないことについては、コンサルティングやM&Aでは、秘密保持契約が交わされますので、減損処理などについては発言できず、弁解するのも困難な状況なのではないかと思っています。
減損処理とは?──帳簿上の資産評価調整
まず「減損処理」とは何かを簡単に説明しましょう。
企業が持つ資産(建物・設備など)が、将来の収益で投資額を回収できないと判断されたときに、その資産価値を帳簿上で一気に切り下げる会計処理です。
減価償却が資産の経年劣化による価値の減少を計画的に減損させていくのに比べて、減損処理は「固定資産の減損に係る会計基準」などの基準をもとに、会社の判断で、資産の価値を低くすることです。 この処理により、例えば100億のものが50億の価値しかないとした場合に、価値の判断を変更しただけですが、50億円の損をしたこと(損失を計上)になります。
重要なポイントは次の2つ。
- キャッシュアウトは発生しない(お金が減るわけではない)
- 帳簿上の利益が減る(結果的に法人税も減ることが多い)
つまり減損は「事業の失敗宣言」ではなく、会計上の保守的な評価調整なのです。
では、なぜ減損したのか?
リニューアルの効果:集客は成功
西武園ゆうえんちは1988年に年間194万人を集めたものの、2019年には38万人まで減少。リニューアル前は衰退傾向にありました。
2021年のリニューアル後は、
- チケット売上が13倍
- 来場者が連日数千人規模に増加
- SNSや口コミで「思った以上に人が入っている」と話題
つまり、刀のマーケティング戦略は 集客改善という面で大きな成果 を出したのです。
投資回収見込みの調整
100億円を投資した以上、親会社(西武ホールディングス)は「どのくらいの来場者数が何年間続けば回収できるか」を見積もります。
想定より収益が伸びなければ、将来キャッシュフローを引き下げ、減損処理を行う必要があります。
運営会社の変更が収益見通しを下げた
2023年、西武園ゆうえんちの運営は西武グループ直営から 横浜八景島による運営受託 へと切り替わりました。
- 直営:利益をすべて親会社が享受できる
- 受託:収益の一部を委託費として支払う構造になる
この変更によって、親会社に残るキャッシュフローが減少。
結果的にDCF(割引キャッシュフロー)評価が下がり、減損処理が必要になった可能性も考えられます。
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税務戦略としてのメリット
減損を行うと、その分だけ法人税の課税所得を圧縮できます。
- 減損額:73億円
- 実効法人税率:約30%
- 税効果:約21.9億円
減損をこのタイミングで計上することで、20億円以上の法人税を節約できた計算になります。
来場者数が増えて利益が出始めた時期だからこそ、あえて減損で「利益圧縮 → 税金削減」を行った可能性も考えられます。
減損は「失敗」ではない
ここまでを整理すると、減損処理は必ずしも「投資失敗」を意味しません。
- マーケティング面:来場者増加、売上増 → 成功
- 会計面:投資回収を保守的に見積もり直した結果 → 減損
- 経営面:運営会社変更により収益配分が変化 → 減損要因
- 税務面:減損で法人税を20億円以上削減 → キャッシュフロー改善
つまり「失敗」ではなく、「戦略的な会計処理」と見る方が正確です。
減損処理の一般的なメリットとデメリット
メリット
- 法人税を減らせる(即効性あり)
- 繰越欠損金で将来の黒字と相殺できる
- 投資家・金融機関に対して保守的姿勢を示せる
デメリット
- 帳簿上の赤字で株価に影響する可能性
- 一度減損すると戻せない(評価戻し禁止)
- 将来資産を売却すると売却益が大きくなり、課税額が増える (価値を下げると、売却するときに利益が大きくなり課税額が増える)
ただし、西武HDのように長期保有前提の事業では「将来売却益課税」よりも「今の税負担軽減」が優先されるのは自然な判断です。
投資は成功か失敗か?──どう評価すべきか
西武園ゆうえんちへの投資は成功なのでしょうか、失敗なのでしょうか。
結論は、分からないということにはなります。
ただ、私が考える成否の判断材料は、減損したかどうかではなく、
- 予定された投資額で当初予定通りの設備を整えられたのか。
- 集客予想は、事前の予想シミュレーションを超過しているのか。
- 集客のための宣伝広告費などの設備投資後のランニングコストは想定の範囲内か。
- 入場料を含めた顧客単価は想定以上か。
といったあたりになると思いますが、このあたりの数字は発表されていないので、当事者にしかわからないということになると思います。
少なくとも入場者数など発表されている短期間の範囲では、成功している可能性は高いと思われます。
このように「コンサルティングの成功」と「会計上の減損」は別問題です。
投資の成否を判断するなら「投資額と実際の集客・売上の関係」を軸に評価するのが正しく、減損をもって失敗とするのは早計です。
おわりに
西武園ゆうえんちの減損処理だけでは、「刀の戦略が失敗した」ということにはなりません。
背景には、
- 投資回収見込みの調整
- 運営会社の変更による収益見通しの低下
- 税務上の節税メリット
といった複数の要因があります。
むしろリニューアルによって来場者は増加し、遊園地としての魅力も向上しました。減損は帳簿上の処理にすぎず、事業の実態とは切り離して考える必要があります。
投資を評価する際には、
- 集客数や売上の実績
- 投資額とのバランス
- 会計・税務戦略
を総合的に見て判断すべきなのではないかと思います。